34パンの職人の修造 江川と修造シリーズ  Annoying People

パンの職人の修造 江川と修造シリーズ  Annoying People

今日もまたグーググーグーグーっていう喉の奥から響く音が聞こえる。

江川は杉本と一緒にパンロンドの工場の奥で生地の分割と丸めをしていて修造に背を向けていたが、例のハミングが聞こえてきたので修造の方を振り向いて確認したかった。

でも珍しいものをみる様な目で見たら失礼だし、、

江川はちょっとだけ振り向いてまたパッと元に戻った。

凄い嬉しそうな顔してる。

夏が終わり、修造の家族の律子、緑、大地が実家から帰ってきたのだ。

久しぶりに会えて嬉しい限りだった。なので例の謎の鼻歌も止まらない。

江川がちらちら修造を見ていると、向かいに立っていた杉本も江川の顔をじーっと見てきた。

「何?杉本君」

「江川さん、顔と首にに赤いブツブツがいっぱいありますよ?」

「半月前、滝にマイナスイオンを浴びに行ったら虫に刺されちゃったんだ。それが全然治らなくて、、これでも随分マシになったんだ」

滝壺に飛び込んだからびしょ濡れになっちゃって、着替えてる間も蚊に襲われて。

思い出しただけでも泣けてくる。

おまけに大会の為のスケジュール表を暗記したいが複雑で完全に覚えるのはなかなか、、

「杉本君みたいに書いて覚える特技があったらなあ。僕スケジュールが覚えられないんだ」

「なかなか俺みたいな天才にはなれませんよね」

なんだかすごく腹の立つマウントの取り方をされて頭にくる。

「なにそれ!」

だが杉本は藤岡と2人して製パン技術士3級の試験に受かって、しかも彼女に指輪をプレゼントして幸せそうだ。

呑気で悩みのない感じの杉本をみてちょっと羨ましい。

「グ〜」っと江川も喉の奥から変な声を出した。藤岡がいたら冷静に杉本に何か言ってくれたかもしれないが今日は休みだし。。。

目を三角にしながら分割した生地の乗ったバットを持ってきた江川を見て親方が心配した。

「おい大丈夫か?疲れが溜まってんのか?無理すんなよ江川」

疲れてる時に優しい言葉をかけられると泣けてくる。

「親方、僕工程が複雑で覚えられなくて」ちょっと涙が浮かぶ。

「うーん。修造の助手は正直大変と思うけど、折角鷲羽に勝って得た座なんだしな〜」

と親方も応援するしかないなあと思っていたら。

「江川君、私が良い方法を教えてあげる!」

「えっ?」

2人の会話を聞いていた親方の奥さんが得意げに言い放った。

「良い方法があるんですか?」

「そう!暗記方があるのよ」

「へえ」

「漢字の暗記法なんだけどね、まず覚えたい言葉を見ながら膝に書いてその後眼を瞑って同じように3回ぐらい書いてみるの。どんどん書いていったら良いんじゃない?」

「やってみます」

奥さんは「覚えられなかったらごめんね〜」と言って店に戻って行った。

江川は早速家に帰ってやってみた。

えーとまず目を開けて膝に書いてそのあと目を瞑って膝に書く、、と」

それをびっしり書いてある工程表の上から下へと何回かやってみた。

一行目から二行目へそして三行目へ、、

ーーーー

一方田所家では

「大地はまた重くなったな。首もグラグラしなくなったね」と修造は大地に話しかけていた。

「あー」

「うー」

とお話の量も増えて、お返事してくれる。

「可愛いなあ」とほっぺをぷにぷにした。

さて、夕方になり、東南マートのセールの時間が近づいてきた。

「さ、緑、出かけよう!」

「うん」

2人はスーパーへの道のりでいつも色んな話をしていた。

「夏休みは楽しかった?」

「うん、おじいちゃんとサンマリーンに行ったりラーラに行ったりしたのよ」

サンマリーンながのとラーラ松本は流れるプールやらでっかい滑り台やらある楽しい施設らしい。

「ラーラ松本は結構おじいちゃんの家から遠くない?」

「朝早くから車で行ったのよ」

「それは、、」

修造はそんなに若くない巌が朝早くから夜遅くまで面倒見てくれてたのを想像して「疲れただろうなあ」と申し訳なく思った。

「それとね、花火とかスイカ割りとかもしたよ。楽しかった」

「おじいちゃんも楽しそうだった?」

「うん、ニコニコしてたよ。みっちゃんとおじいちゃんは仲良しだもん」

「そうなんだ」

ひと夏自分の修行の為に家族の面倒を見てくれた巌の気持ちに応える為にも「俺、頑張らないとな」

夕陽が眩しい坂道を降りながら修造は決意を新たにした。

スーパーでチラシを見ながら特売品を探していると「修造シェフ」

と声をかけてきた40ぐらいの年齢でグレーのスーツ姿の男がいた。

「はい?」

「初めまして、私株式会社石田・メリットストーンの有田悠と申します」

名刺を受け取り有田の顔を見た。

メリットストーンって中堅の製パン会社で関東の各駅に一軒あるだろう有名店だ。

「職場以外のところで中々お会いできないのでここまで来ちゃいました」

有田は人懐こい笑顔を見せた。

ほうれい線と目尻に深い笑い皺がある。

「シェフ、業界のシェフへの期待感は凄いですよ。勿論我々メリットストーンもです。シェフが世界大会で優勝されると皆信じています」

なんだか嘘くさい大袈裟な言い方の様に修造には感じた。

「ここには俺を探して来たんですか?」

「シェフ。そうなんです。是非シェフにお伝えしないといけない事があって、居ても立っても居られなくて来ました」

「ご用件は?」

「シェフの様な素晴らしい方がうちの会社で私達を導いて下さったら我々ももっとパン業界にお返しが出来ると思うんです」

え?

なんの話だこれ。

「大会が終わったら是非弊社においで下さい」

え?引き抜き?

修造は思いもよらない声掛けに驚いた。

有田はホルツやパンロンドと離れている瞬間を狙ってスカウトしに来ていた。

「俺、パンロンドで働いてるんです」

「存じております。ですが〜シェフの可能性を拡げる為にもですね、是非弊社で辣腕を奮って頂けたらと思っています」

「すみません、俺、そのうち独立する事は社長にも言ってあるので」

有田は修造の表情が固くなって来たのを見た。

「わかりました。今日はご挨拶に来ただけです。またそのうちに、こちら御目通しを」

と茶色の封筒を渡して頭を下げて立ち去った。

修造はその中の紙を見て「えっ」と有田の会社が提示した給料の額を見て声を上げた

「統括主任、、月80万!ボーナスはその3倍!」

さっき夕陽に誓いを立てたのにもう金の話なんて気が散るなあ。

もらった紙を丸めてポケットに入れ「緑ごめんね、お待たせ」と言って

お菓子売り場の食玩コーナーをウロウロしていた緑と買い物を済ませて帰った。

ーーーー

後日、修造と江川はホルツに来ていた。

修造は有田の話を大木にした。

「メリットストーンはお前の目指すパン作りとは違うだろう」

「会社と俺のパン作りを摺り寄せようとしてるんですかね?」

「ま、お前のステイタスが欲しいんだろうよ」

「俺の?」

「独立するとそういう話は無くなるよ」

修造は花を付ける予定の編笠の土台を作りながら「そうですね、どっちにしろ行かないので」と言った。 

そしてパンデコレのあれこれを考えを巡らせながら作っていった。

それはこんな風だった。

編笠とそれに付ける花を窯に入れてタイマーをセットした。そして留木板金から届いた蝶の抜き型を台の上に伸ばした生地にあてた。留木は応援の意味も込めて生地に付く全ての面を尖らせてスパッと抜ける様に施していた。

「留木さん、良い仕事するな」と呟いた。

蝶の色は青に紫に濃い茶色。「よし、良いのができそうだ」修造はしたり顔をした。

修造が作っている大会のパンデコレは和装の女性だ。

1番難しいのは流れる帯の模様の土台の生地に、色違いの生地をピッタリ嵌め込むところ。上手く行くかどうか。

出来るだけ滑らかな曲線を大切にしたい。

修造は大工の様に、嵌め込む生地の膨らみを計算して設計図を作り台紙をその通りにカットした。それを元に生地をカットして焼成後また引っ付けると2色の帯の出来上がりだ。地味だけど案外難しい。

次に土台作り。平らで安定感が大切だし、本体をセットしてぐらつかないようにしないと。

本体と土台はフランスには空港便で送れるのかな?全部の用具も送るのを忘れないようにしないと。他の部品は現地で製作だ。

フランスには食べ物の持ち込みは禁止だ。荷作りの箱を空港で検閲犬にクンクンされて見つかったらはねられてしまうかも。

そんなことを考えながら窯に入れた時江川が話しかけてきた。

「ねぇ修造さん、僕、柚木奥さんに暗記法を教わって随分工程が頭に入ってきました。イメトレもできます」

「そう?じゃ今度から通しでやってみよう。特訓だな」

「はい」

出来るだけ練習しないと頭で覚えただけでは動きが染み付かない。あとはもうギリギリまで何度もやってみることだ。バドミントン選手の様に与えられた場所で2人で入れ替わり立ち替わり自分の作業をして、お互い邪魔にならない様にしなくてはならない。

機械の置き場を大木に教わって動けるように考えた。

「江川、虫刺されのあと、治ってきた?あの時は悪かったな。俺集中しちゃってて気が付かなかったんだ」立ち回りを決める時に修造が江川に話しかけた。

「修造さんが精神統一をしに行ってたって途中で気が付きました」

「まあ心と身体を鍛えに行ってたんだよ。集中力は大事だしな」

「僕なら何をやったら良いですか? 座禅?」

「寝る前に呼吸を整えるとか、音楽聞くとか?」滝行を江川にやらせて首がどうかなったら困るのですこぶる優しい方法を薦めた。

ーーーー

次の日

修造は工場の奥でいつもの様に仕込みをしていた。出来上がった生地をどんどんケースに入れていく。そして計量、ミキサーへそしてケースへ。

その時奥さんがお店から大声をだして「誰か〜配達に行ける人いる?」と聞いてきた。

丁度仕込みの手が空き、次の作業まで時間がある。その間ロールインとか他の者の作業を一緒にする予定だった。

「俺行きますよ。すぐ戻れると思うんで」

「じゃお願いね」

「はい」

修造は奥さんに届け先の住所を聞いてメモした。

「ここって最近毎日注文が入るのよ。昨日は親方、その前は藤岡君が行ってくれたの」

「はい」修造はパンの入った2段のケースを受け取り配達用の軽バン『パンロンド号』に運んだ。

カーナビに住所を入力して出発する。

その時青色の軽自動車が少し離れてこっそり跡をつけていったのを修造は全然気がつかなかった。

現場に到着。

閑静な民家の間に配達先の建物がある。

4メートル程の道幅の道路に車を止めて荷物を運んだ。

「ここでいいのか?」

建物の中には誰もいない様だった。

窓の中を見ると、中は何かの調理場の様だが電気も消えてて人はいない。

修造はドアに貼ってあるメモを見つけた。

『パン屋さんへ この建物の裏に回ってください。

5軒のうち真ん中の建物の赤い入り口を開けて入ってください』

と書いてあるので修造はその通りに行った。

空き家っぽい家が並んでいる。

メモの通り真ん中の廃屋の様な家の赤い入り口の横開きのドアを開けて入った。

「あの〜すみませーん」

返事もない。

ここでいいのか?誰もいないのか?と思って2、3歩入ったその時、ケースを持って両手が塞がっている修造の背後から何者かが袋みたいな物を頭に被せた。

「うわ!モガガ!」こんな時でもパン箱を落とすのは嫌だ。地面に置いた時足を掬われ、両手を後ろに縛られて奥の部屋に放り込まれた。

「なんだー⁈」

ーーーー

一方その頃パンロンドでは、江川が工場の奥から店の方をチラチラ見ていた。

「ねぇ藤岡君、修造さん遅いと思わない?藤岡君と親方が行った時なんて20分もかからずに戻ってきたよね?」

「あ、ほんとだ。出発してから40分以上経ってますよね」

「でしょう?親方、修造さん遅いと思いませんか?」

「何かあったのかな?江川、ちょっと電話かけてみて」

「はい」

江川は何度もしつこくコールしてみたが出ない。

「出ませんよ!何かあったのかな?」

「事故ったとか?」

「どうしよう!修造さん!」

江川が色々想像してパニくりだしたので「落ち着いて江川さん。大丈夫、俺が見てきますよ」と藤岡が言った。

「俺、道を覚えてるから自転車で現場まで行きます。また連絡しますね」と江川を宥めて出発した。

ーーーー

藤岡が配達先に着いたがパンロンドの車は無い。

「おかしいな」

自転車を停めて中を覗いたが電気が消えてて建物は閉まっている。

「あの〜すみません!誰かいますか?」

ベルを鳴らしたが誰も出てこない。

一昨日は人が何人かいて調理中の様だった。建物の中にテーブルが置いてあって、取り仕切ってるっぽい女性が出てきて「ここにお願いします」と言うから挨拶してパンを置いて代金を貰った。

「誰もいないのか、どう言うことなんだ」

藤岡がキョロキョロしていると、道の脇に青い軽自動車が停めてある。

中を覗いたらパンフレットらしいものや封筒が後部座席に置いてある。封筒やらに書いてある文字を見た。

メリットストーン?聞いたことあるな、、

そうだ!パン屋の名前だ。一体なぜこんな所に?

建物の周りを一周しようと裏に回ったら40代ぐらいのスーツ姿の男が少し離れた民家の前でウロウロしている。

こいつがメリットストーンのやつかな?

動きが怪しい。

藤岡はちょっとその男を観察した。

一軒ずつ背伸びしたりかがんだりして中を覗こうとしている。

「何やってるんだ?」藤岡はその男の背後に行って「おい」と声をかけた。

「ヒェッ」男は心底驚いた様で腰を抜かしたが、藤岡のコックコートを見て「パン屋さん?」と聞いてきた。

「そうだよ。俺はパンロンドの藤岡だ。何でここでウロウロしてるの?」

「怪しいものじゃ無いんです。修造さんに話があってパンロンドの車を追いかけてきたらこっちに向かって修造さんが移動するのが見えて。。いつまで経っても戻ってこないんです」

「それでどこに入ったのか覗いてたの?」

「そうですそうです」

倉庫の裏には建物が4.5軒あってどれに向かって入ったのかは分からない。

「どれかな?」

「おい」

一軒ずつ見ていこうとする男に藤岡が詰め寄った。

「それも早く見つけなきゃだけど、お前は何で修造さんに着いて来たんだよ」

「えっ」

ーーーー

一方その頃

修造は

椅子に縛られていた。

「おい!誰だ!お前らなんなんだ!モガモガ」

何者かが修造に被せた布を取った。

「あ?」

「え?!」

と2人の社員風の男が修造の顔を覗き込んだ。

1人はロン毛でもう1人は短髪、2人ともカッターシャツでネクタイ姿だ。

一体何故こんな奴らが?

「こんなむさ苦しい感じでしたか?」

「いやもっと綺麗だろ、、、」

「ひょっとして間違えた?」

2人は顔を見合わせてまた修造を見た。

「なんだむさ苦しいって!」

失礼だし、どうやら間違って捕まった様だし。

「どうする?こいつ」

「こんなの連れてったらダメだろ」

はあ?

あ、そうだそろそろ生地の※パンチの時間だ。

江川に言わなくちゃ。

修造は縛られていた紐を手首をグニグニして紐を緩めて思い切り広げた。

「うおりゃあ〜っ!」

そして引きちぎって1人目の男の肩を掴んだ。

ーーーー

その廃屋の前の路端では

藤岡に問い詰められて男は白状していた。

「私はメリットストーン・株式会社石井の営業部主任の有田と言います。実はこの数日、、修造シェフについて回ってまして」

「怪しいなあ。何故?」

「修造シェフに大会が終わったらうちに転職して頂こうと思っていたんです」

「転職、、しないでしょう?修造さんは」

「はい、断られましたが。周りからの圧があって再びお願いしようと思いまして。そしたらシェフが消えてしまったんです。それでどうしようかと」

有田は一軒一軒覗きながら言った。

どうやら悪いやつじゃなさそうなので今のところは信用するか。。と藤岡は思った。

「パンロンドの車は知らないですか?」

「えっ?車?」有田は少し戻って車がないのを見た。

「誰か隠した奴がいるのかな?さっきまでありましたよ」

「あ、この家から何か聞こえませんか?」

空き家っぽい家の方からドン!と言う音が聞こえる。

藤岡は耳を澄ませた。

ーーーー

修造は手首を摩った後、1人目の左脇腹を右足で回し蹴りでふっ飛ばした。

一撃必殺。

こんな所師範に見つかったら叱られるな。と思ってかなり手加減した。

1人目は「うがっ」と脇腹を押さえながらよろよろ立ち上がり、椅子で殴りかかってきたので、後ろ回し蹴りで椅子を壊して振り向き様に踵落としを決めた。

「グフォ」っとアニメの様な声を出して立てなくなった様なので、もう1人の所にツカツカと歩み寄った。

「ひいい〜」っとびびる男の肩を掴んで「おい!電話を返せ!」と言った。

慌てて修造のスマートフォンを渡して警察を呼ばれると思っていたら「もしもし江川?あ、ごめんごめんちょっと手間取っちゃって。そろそろパンチの時間だから頼むよ。うん、うん、大丈夫。そう。じゃあすぐ帰るから。え?藤岡が?わかった」と言った。

拍子抜けして修造を見ていたらもう一度肩を掴まれて「何故俺を捕まえた?誰と間違えたか言え!」と詰め寄った時、ドンドン!とドアを叩く音がした。

修造が2人目の男の首根っこを掴んだまま玄関のドアを開けると藤岡と有田が飛び込んできた。

「修造さん大丈夫なんですか?」

「ああ!今からこいつが白状するから聞いてみよう」

2人目の男は藤岡を見て「こっちが正解だったんだよ」と言った。

ーーーー

5人は壊した椅子を片付けて部屋の真ん中に突っ立って話をし出した。

「私たちは鴨似田フードって言う会社の中途採用で入ったばかりの社員です。私は歩田、こちらは兵山と申します」とショートヘアーの方の男が話しだした。「3日前、会社が仕切っているレセプションパーティーがありまして、材料を料理教室で作って私達が会場に運ぶ予定だったんです。それでこっちのイケメンがパンを配達に来た時に奥さんが一目惚れしまして、、次の日はもうパーティーが終わってんのにまたパンを頼んだらその日はものすごい大男が来て、次の日にもう一度頼んでこのイケメンが来たら連れてくる様に言われてたんです」

「それで俺を捕まえたのか」

「はい、すみませんでした。実はここの何軒かの空き家は鴨似田が買い取ってマンションにする予定で、その一軒を使ったんです」

「連れてくるなんて簡単に言われたけど凄く難しい様に思えて、それで捕まえて連れていくことにしたんです」

「俺を連れて帰ってどうするつもりだったんだよ」と藤岡が冷静な口調で言った。

「お金でなんとかできると思ったんじゃないでしょうか?」

「そんな訳ないだろう!車もお前達がやったのか?」

「あれは私が裏口から回ってこの建物の裏に隠してあります」ロン毛のほうの男が答えた。

「ちょっと調べればすぐ足がつくだろう!」

「だな、そろそろ警察を呼ぼう」修造も呆れて言った。

修造が電話をしかけた時、なぜか有田が遮った。

「え?」

「あの〜そのレセプションパーティー、私も出ておりまして」

「そうなんですか?」

「はい、うちと取引があるんです。奥さんの鴨似田湘子さんは存じていますがそんな悪い方ではないと思います。警察沙汰になって鴨似田フードに何かあって納品が滞るとうちの会社も他の会社も困るんです。それに大会前にシェフの名前がこんな所で上がるのはどうかと思いますし」

なんと有田は手を合わせて隠蔽を頼んできた。

「仕方ないな、その奥さんを呼べよ。俺が説教してやる!」

「え〜」っと修造以外の全員が言った。

「踵落としは勘弁してくださいよ」

「ガツンと言ってやる!」修造が力強く言った。

ーーーー

鴨似田フードの鴨似田幸代を怒鳴りつけてやると息巻いていた修造だったが、案外だらしないもんだと藤岡は修造を冷たい目で見た。

「あのー奥さん、困りますよこういうの。俺が攫われそうになっちゃうし、仕事にも支障をきたしてますし」

「この度は私の勝手な思い込みによりご迷惑をお掛け致しました」

高級菓子折りを渡されて修造は頭をかきながらつい受け取ってしまった。

「色々誤解があった様で申し訳ございません」幸代はややくねりながら頭を下げた。

「藤岡さんには次のパーティーに花を添えて頂ければと思ってお願いしようと考えておりましたが、この様な事になってしまい申し訳ございません」

「具体的にはどんな事を望んでらっしゃったんですか?」

「次のパーテイーでパンとサンドイッチのコーナーに立って頂ければと考えておりました」

それが本当だとするとお前らどんな受け取り方をしたらこんな事になるんだよ。修造はそんな眼差しを、歩田達に向けた。

「すみません」

2人は小さくなっていた。

「私が悪いんです。2回目と3回目の注文は関係ないのにしましたし、きっと熱が篭ってたんですわ」と言って藤岡を見つめた。

それを見て修造は考えた。

確かに藤岡はイケメンだが再びトラブルになるのは本人も周りも困るよな〜。。そうだ!

「奥さん、こいつめっちゃ頭と足が臭いし性格も悪いし客受けが悪いったらないですよ」と藤岡に指を差して幸代に向かって言った。

「な、、、!」

藤岡は悔しそうに修造を睨みつけた。毎日一緒の職場にいれば修造がこんな事を言うような人間じゃないとわかってはいるが腹が立つ!

「グ〜」藤岡も喉の奥から声を出した.

「ねっ!こんな顔をいつもしてるんです」

「はい」

奥さんの顔から少しずつ血の気が引いてる気がする。

「おっと!俺そろそろ分割の時間なんで帰ります」と言って振り向き「車を出してこい!」と2人を走らせた。

物凄く不機嫌な藤岡はそのまま出て行き、自転車で帰ってしまった。

車を持ってきた2人は修造に言い訳をした。

「確かに奥さんはどうやってもあのイケメンを連れてきて!って言ってたのになあ」

「本当すみませんでした」

「今回は有田さんの手前許してやったけどさぁ。藤岡には2度と迷惑かけないでくれよ」

と言って2人を後始末に戻らせた。

修造はもう一度江川に電話した「ごめん、分割しといて。もうすぐ帰るよ」

と言って有田の方を見た。

「修造シェフ、お怪我なくて良かったです」

「あのぐらい全然平気ですよ。。それより有田さん。なんで藤岡と一緒に入ってきたんですか?」

「はい、実はもう一度話を聞いて頂こうとしてここまで追いかけて来ました。で、藤岡さんと修造シェフを探していました。会社へのメンツもありますが、さっきの鴨似田さん達を見ていて金や力づくでは人の心は動かないと思い直しました」

「すみません、力になれなくて」

「今日はいい勉強になりました。私も応援していますから」と言って青い軽自動車に乗って帰っていった。

ーーーー

パンロンドに戻ると江川が慌てて出てきた「修造さーん!大丈夫なんですか?」

「全部藤岡に聞いた?」

「はい、凄い怖い顔してますけど」

「えっ」

ひょっとしてまだ怒ってるのか?と江川の小さな身体の陰に隠れて藤岡を見た。

「おい修造大変だったな」と声をかけてきた親方の後ろに回り、隠れたまま親方を押して工場の奥へ進んでいく。

すると藤岡が言った「丸見えですよ、何隠れてるんですか!」

「藤岡ごめん、嘘も方便だよ。」ひょっこり顔を出して修造が申し訳なさそうに言った。

「もう良いですよ、あれで事件が解決したんですから」まだまだ悔しそうだったが自分を納得させようとしてるのは分かった。

「クッ」と時どき藤岡の方から聞こえる。

「ねぇ修造さん、藤岡さんがあんなに怖い顔してるのは何故ですか?」江川が藤岡を観察しながら言った。

「えっ?さあなあ」

もう一度掘り返す勇気はない。

修造はとぼけた。

おわり

Annoying People  迷惑な人々

どんな時もパンチと分割の時間は忘れない。

※パンチ  ケースに入れた発酵中の生地をそっと持ち上げ空気をふくませるように折りたたみまた横にしてたたみ休ませ、また蓋をして発酵させる製パンの作業。パンチのやり方は様々だが、こうすることでグルテンが強くなり発酵を促します。

このお話は2022年08月01日(月)にパン屋のグロワールのブログに投稿した物です。

14パン職人の修造 江川と修造シリーズ 催事だよ!全員集合!江川Small progress

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 催事だよ!全員集合!江川 Small progress

このお話は進め!パン王座決定戦!の続きです。催事を通じて少しずつ成長する若手の職人達のお話です。

NNテレビのパン王座決定戦で優勝したパンロンドは新商品の牛すじカレーパン「カレーパンロンド」が爆売れして連日大忙しの日々を送っていた。

店の奥の工場では田所修造がカレーをどんどん仕込み続けていた。

「杉本、玉ねぎ追加ね」

「はい」

新人の杉本龍樹(たつき)は慣れない手つきで玉ねぎをカットしてフードプロセッサーに入れ続けていた。涙が滲み出る。

玉ねぎの後は分割丸め、その後はカレーを包む。

液を絡めてパン粉をつけてホイロヘ。

「これっていつまで続くんですかね」

「弱音吐くなよ」

「修造さん辛くないですか?俺は疲れてきました」

経験の浅い杉本は段々仕事が身について来ていたが、まだ辛い時がある様だ。

「俺、修造さんについて行こうって決めてますけど、パン屋って大変で全然仕事が楽しくないです」

修造はカレーを包みながら言った。「言われるがままにやってるとつまらないものだよ、お前はまだ仕事を自分のものにしてないんだろう。今はまだ出来ないことが多くて、できない事をさせられてると錯覚してるだけだよ」

「はい、させられてるって感じです。ここの先輩達とは違うんです」

「先輩ができてる事をできないのは経験が足りないからってだけで、マックスの自分を知ればそれがそんなに大変じゃないってわかるんだよ。ずっとマックスでいろって話じゃないんだ。一度自分の限界に挑戦してみたら、今やってる事がそれに比べてどのぐらいだってわかるだろ?まだまだ頑張れるのか、もう限界ギリギリなのか。それを知る為にもう少し頑張ってみたらどうだ」

修造は「無口な修造」と小さい頃から言われていて、普段あまり話さないが、こんな時は長い話をしたりする。

「生地の面倒をいい感じに見てやって、最高の状態の時に焼く、それが俺たちの仕事なんだ」

修造はカレーパンの生地をポンポンと手のひらで弾ませて言った。

「でも〜」

「お前は今まで何かの限界に挑戦したことがあるか?」

「う〜ん」

修造の問いかけには答えられなかった。

限界なんて言葉なかなか自分の生活の中になかったし、そんな一生懸命熱く生きるなんてカッコ悪いと思ってたし〜

俺、初めはパン屋で働くなんて簡単だと思ってて、漫画に出てくるパン屋さんみたいに手を動かしてたら生地が勝手にできると勘違いしてたもんな、と杉本は思った。

江川さんなんて修造さんに食らい付いて行ってるって感じだな。修造さんの成形の速さに追いつこうとしてるもん。

とそこへ丸太イベント会社の食品催事部門の蒲浦(かばうら)がやって来た。蒲浦は地味な紺色のスーツを着た、抜け目なさそうな目つきの男だ。親方にすり寄って来た。

「柚木社長!お久しぶりです。いや〜テレビ拝見しましたよ!美味しそうなパンで優勝してらっしゃいましたね」

親方の柚木は成形の手を休めずに答えた。「どうも蒲浦さん、優勝したのは俺じゃなくて修造だよ。今日はどうしたの?」

「はい、実は今度うち企画の催事でパンフェスティバルを開催するんですが、ぜひパンロンドさんにも出店して頂きたいと思いまして」

「うち今忙しいからね、そんな余裕あるかなあ」と言って他のメンバーを見た。

「うーん、もう少し従業員増やすか、仕込みのパートさんを探さないとちょっと大変そうかなあ」

「1ヶ月後港の近くの公園で催事があるんですが。現場でカレーパンを揚げて販売して頂きたいんですが」蒲浦は畳み掛けて来た。

「ちょっと製造と相談してみますね」

「はい、是非お願いします!引き受けてくれないと僕会社に帰れません!」

蒲浦のやつ大袈裟だなあと思いつつ親方は今の蒲浦との話を修造に説明した。

「ひと月後に催事ですか?現場に行かなくても良いんなら俺は頑張れます」

あまり目立ちたくないタイプの修造は言った。

「それと今は工場で6人体制でやってるのでこれ以上人を増やすと入りきれないですね。ローテーションでやりますか?」

「そうだなあ。俺、そのうち2号店を出そうと思ってるんだ。今のうちに人を育てとこうよ」と親方が言った。

「わかりました。催事の時はカレーパンを向こうで揚げるんですか?誰が行くんです?」と修造が言った。

「そりゃあ」

親方は杉本と江川を見た。

「えっ?」

江川卓也は驚いて言った「親方僕を見ないで下さい!修造さんが行くなら僕も行きます!」

修造は絶対行きたくないので言った。

「江川、こないだNNテレビで一緒にカレーパン揚げたろ?あんな感じだよ」

それを聞いていた杉本が「江川さん、まだ日にちもあるし今から練習しましょうよ」と言った。

「生地の面倒をいい感じに見てやって、最高の状態の時に揚げる。それが俺たちの仕事なんですよ」

修造は驚いた!杉本は自分が言った言葉をそのまま使ったのだ。

さっき弱音吐いてたくせにとちょっと呆れたが「まあ、2人で頑張れるだろ。これも経験だよ」と締めくくった。

何日かして、親方が面接した青年が採用になりパンロンドにやって来た。

「藤岡恭介(ふじおかきょうすけ)です。よろしくお願いします、僕レストランで働いていました」

藤岡はシュッとしたイケメンで、手先が器用ですぐに仕込みの手順を覚えた。なんならもう杉本より早い。

親方はうちには個性的な面々が多いが藤岡って色々とスマートな奴だなと思っていた。

修造は藤岡に色々教えながら

「藤岡君って仕事覚えるの早いよね」と言った。

「ありがとうございます」藤岡はキリッとした表情で答えた。

「そろそろ慣れて来たので明日は一人で朝の早番をお願いします。こないだ教えた手順でやったら良いからね。わからなければここに書いてあるから」と修造はメモを指さして言った。

「はい、了解です」藤岡は爽やかに答えたが、密かに顔が引きつっていた。「一人で、、、」

次の朝4時、早番の藤岡から修造に電話がかかって来た。

「はい、もしもし?藤岡君どうしたの?え?怖い?何が?」修造には何の事かわからなかったがとりあえずパンロンドに急いで行った。

「修造さ〜ん!」と言って藤岡が腕に抱きついてきた。「なんだよ?」「怖かったんですよ〜!僕が一人で作業してたらそこのタッパがガラガラって崩れたんです!誰もいないのに!僕一人で作業なんて嫌です!」

なんなら半泣きの藤岡はビビりきって修造から離れない。修造はそのタッパが崩れたところに見に行って「きっと積み方が悪かったんだね」と明るそうに言った。

困ったなあ、確かに一人で作業してる時に物音がすると驚くけどここまでかなあ。怖がるから藤岡君だけ早番は無しでなんてみんなに言いにくいし。

藤岡は次の朝のローテーションの日が迫って来たら段々表情が暗くなってきた。

杉本が積んでた計量用の缶に当たって崩してしまった。ガラガラガラカンカン、、と音がした。「キャア!」藤岡が怖がって叫んだ。「藤岡大丈夫だって!今のはただ缶が崩れただけだから」となだめたものの、仕事のことならアドバイスできるが怖がりってどうしたらいいんだろう。

修造は親方にそっと事情を話して「とりあえず明日の朝は俺が出ますから」と言った。

「そうなの?ごめんね修造」

「大丈夫です」


さて、杉本は江川に偉そうに言った手前、本当に練習して催事までにそこそこ上手くカレーパンを包んだり揚げたりが出来る様になってきた。

そしてとうとう催事当日。

パンロンドの奥さんは張り切ってカレーパンののぼりを作っていた。

「これ持って行ってね!いってらっしゃい〜!催事がんばってね〜」

「パン王座決定戦で優勝!カレーパンロンドって書いてあるよ杉本君、奥さん商魂たくましいな~」江川は修造がいない催事が不安だったが杉本が張り切ってるのでちょっとだけ安心した。

「じゃあ行って来まーす」

車に催事に必要なものを詰め込んで江川と杉本は出かけた。

「いってらっしゃい!気をつけてね」

お店の奥さんが見送った。

工場では朝から催事の準備をしていたので、今度は店の分のパンを急いで準備しないといけない。  

修造は藤岡と組んで仕事をしていった。

一方江川はまだ免許を取った所で初心者マークを車に貼り、慎重に運転していたが、カーナビの「もうすぐ左です」と言うのを一筋間違えて民家と民家の間の細い道に曲がってしまった。

「江川さん!今通り過ぎた道を曲がるんでしたね」

「え!どうしょう!戻らなきゃ!」江川はパニクってどこかで方向転換して元の道に戻ることにしたが、慌てて右手の民家の柵にぶつかりそうになり、反対に行き過ぎて路肩の溝に左の前輪を突っ込んでしまった。

ガクン!

「うわー!どうしよう!修造さーん」江川はそこにいない修造の名前を叫んだ。

外に出て2人で動かそうとしたが荷物を沢山積んだ配達用のバンは重くなかなか手強い「江川さん、俺が催事場に遅れるって連絡の電話するんで江川さんは店に電話して貰えますか?」 

 杉本が冷静で良かったと思いながら震える手で修造に電話した。

「もう着いたのか?準備できた?」

「それが僕、溝に車を突っ込んじゃって動かないんです。どうしましょう修造さん!」

「え!まだ着いてないのか?冷やしてある生地がじわじわ発酵してくるだろう?早く行かなくちゃ!」

「助けて下さい!すぐ来て下さいよう」

修造は電話を切って親方に説明した「あいつまだ免許取り立てなのに一緒に行かなかった俺にも責任があります。今からもう一台の車で現場に行って荷物を催事場に運びます。もう始まってしまうので」

「わかったよ。ここは任せて気をつけて行っておいで。藤岡君も一緒に行ってきて」

「わかりました」

2人は教えられた現場に到着した。江川と杉本は並んで修造を待っている所だった。「2人とも怪我はないか?」「はい、でも催事に間に合いません」江川は責任を感じてシクシク泣いていた。

「大丈夫だって江川!杉本、牽引ロープを持ってきたから、こっちの車で引っ張るんで藤岡と3人で溝から車を浮かせてくれよ」

「はい」杉本は車にロープを縛り合図した。

修造はバックして前の車をゆっくりと引いていった。3人がかりで車を傷つけないように何度か動かして溝から浮かせた。

「やったー!」

「車は?」

「大丈夫そうです!」

「よし!急いで全員で行って準備するぞ!」

「はい!」

 2台の車は催事場に着いた。

蒲浦が慌てて来て修造に「いや〜無事で良かったですね!準備お願いします」と言った。

「蒲浦さん、すみません遅れて」

荷物を運びながら他の店を見ると結構沢山の人が並んでパンを買っている。

「出遅れたな。とりあえず持ってきた生地をなんとかしないと。失敗するとカレーが破裂するからな」

公園には合計30軒ほどのパン屋がいて、各ブースに設置されたテーブルに店の自慢のパンを並べて販売を始めていた。サンドイッチ専門店、焼きそばパン専門店、ベーグルやメロンパンの専門店など目移りする。

「どれも旨そう」杉本があちこち見ながら言った。

レンタルしたプロパンが先に到着していたのでフライヤーのセットを藤岡が、江川が店構えのセットを、修造と杉本はカレーパンを包み出した。成形した生地にシートを被せて発酵させ良い感じの時に揚げていく。

「藤岡、江川と一緒に呼び込みしてどんどん売って行ってくれよ」

「はい」

藤岡はニコニコと、江川はキュルンと笑顔を振り撒き人を集めた。

「杉本、両面を同じ色に揚げろよ。火力に注意して」

「はい」

杉本は揚げ色を揃えるのに集中した。

170℃の油にカレーパンを入れるとブクブクと泡が出てきて、パンの裏面がまず膨らんでいく。すぐに裏返して表面も膨らませる。白いパン生地はだんだん狐色になり裏返してまた狐色に揚げる。

包むのが下手だと生地の中でカレーが偏り勝手にクルンと裏返ったり傾いて、同じ所だけ色がつき過ぎちゃったりするが、今日は修造が包んでるので揚げやすい。

「よし!全部綺麗に揚げるぞ!」

それを見た江川はほっとしていた。

車も無事動いたし、修造さんもいてくれて良かったな。それに藤岡君って結構完璧だよな。そつがないというか。杉本君も凄い真剣、と言うか怖い顔して揚げてる。一生懸命なんだな。

僕もお釣りの計算を間違えないようにしなきゃ。

4人は力を合わせてどんどんカレーパンの販売を進めて行った。

そこへ修造に親方から電話がかかってきた。「はい、ええ、最初焦りましたが順調です。生地はもう全部成形しちゃいました。あとは揚げるだけです」

「そう?俺も手が空いたから追加の生地と材料を持っていくよ」

「わかりました」

しばらくして親方がやってきた。「親方、これ全部成形してどんどん揚げていきますね。」

「はーい、よろしく」

親方は、生地を修造に渡して後ろから一歩下がってテキパキ指示してカレーパンを販売していく修造を見ながらちょっと感動していた。

みんな上手くまとまって仕事してるな。頼もしいぜ修造。俺は今日のこの、みんなが和気あいあいとしてる所を忘れないぞ!

修造はそのうち独立するだろう。残念だけどお前はうちでずっといてる器じゃないんだ。感謝の印に俺はどんなわがままでも聞いてやるからな。

「修造、俺戻るからね。あとよろしくね」

「はい」

親方が帰ったあと「みんな、交代で休憩に行って来て」と修造が声をかけた。

「じゃあ僕パン屋さんを見てきます」江川はテントを出て、色んなパン屋のテントをひとつひとつ見て回った。

隣はあんぱん屋さんかあ。あんぱんしか売ってないのかな?

その次はサンドイッチ屋さんか〜可愛い花みたいなフルーツサンドイッチもあるし、惣菜をサンドしたガッツリしたものもあるんだ。

次はバターにこだわったクロワッサンのお店か。フランス産のバターを使ってるのかあ。

そして次はメロンパンのお店、メロンパン各種、そしてその横はベーグル屋さん。ベーグルが20種類あるのか。こんなに沢山焼いて挟んで袋に入れて持ってくるの大変だったろうな。

僕こんなに沢山のパンの種類を見たの初めてだ。

江川は色んな店から沢山買って袋いっぱい持って帰ってきた。

勿論隣のあんぱんも買った。

「江川、どうすんの?そんなに沢山」

「テヘ、ついつい買っちゃっいました。みんな一緒に食べてよ」

4人で色んな店のこだわりのパンを分けて味見して「色んな店があるんですね」とみんな口々に言った。

「そうなんだ、このベーグルの店は国産小麦とオーガニックに拘(こだわ)っていて女性の心を鷲掴みにしてる。そしてこのフルーツサンドも流行りの先駆けとなった店のものなんだ。ここのクロワッサンはエッジの効いたシャープなラインが素晴らしい!」修造が熱く語り出した!

「そしてこれを食べてごらん」

修造はあんぱんを江川に味見させた。

「あ、これ!想像と全然違います。自分の思ってたあんぱんのはるかに想像を超えた美味しさです」

「だろ?これはどんな拘りがあるのか試しに隣で聞いてきてごらん」

え?あのおじさん怖そう。だけど美味しかったなこのあんぱん。

江川は恐る恐る隣に近寄って行った。

「あの〜、おじさんはここのオーナーの人ですか?」

「あー隣の子だね?そうだよ」

「このあんぱん、すごく美味しかったです。どんな所に拘ってるんですか?」

「これはね十勝産の小豆から作ってる極上餡(あん)なんだよ。うちのあんパンはね、豆本来の甘味を存分に堪能できる餡が包んであるんだ。豆の選別は重要だし、渋きりで渋をよく取ったり、味がさっぱりとしてキレがいい様にザラメを使ったり。生地は国産小麦に米粉を少し配合して柔らかさを出してあるんだ。全部の工程に拘ってこのあんぱんができているんだよ」

「それにこれ、そんなに大きくないのにずっしりしてるだろ?」

「はい」

「薄皮に包んで餡子を堪能できるようにしてるけど、大きかったら食べるの辛いだろ?」

「はい」

「ところが俺はそう思って作ってるけど、みんながみんなそうじゃない。世の中にはあんぱんひとつ取ってみてもそれはそれは沢山種類や作り方があるんだ。その店のシェフの拘りがあるのさ」

「ここに来てるお店はみんなそうやって拘りがあるんですね」

「そうなんだよ。催事は初めてかい?」「はい」

「そのうちこの業界の色んなことを見たり体験したりするようになるよ」

「ありがとうございました」

すごく良い人だったな、それにあんなに真面目にあんぱんだけを作ってるんだ。

僕もこれから色んなパンに挑戦して最後には自分のパン作りを見つけるのかな。

何かわかった感じになって江川が戻ってきたので修造が「どうだった?」と聞いた。

「僕多分ずっとパンを作ると思います。最後の自分のパン作りを自分で見てみたいので」

「いいね、俺も見てみたいよ」

すると杉本が「最後の自分の自分でってどういう意味ですかあ?」と聞いてきた。

「自分が行き着くパン作りって何かって事だよ杉本」

「気の長い話だなあ」

そう言いながら杉本はずっとカレーパンを揚げ続けた。

意地になって両面を同じ綺麗な揚げ色にするのに集中した。

港に近い公園は時々涼やかな風が吹き、絶えずイベントにお客さんが訪れ続けた。

パンロンドのカレーパンを買った人達は揚げたてのカレーパンをハフハフと言いながらスパイシーな味わいを楽しんでいる。

「衣がカリカリだわ」

「カレーが美味しい」などお客さんが喜んで食べてくれている。

それを見て修造がちょっと嬉しそうに『したり顔』をしている。

催事も終盤に差し掛かり、他の店も売り切れたり品数が減る店が多くなってきた。

「あと少しで売り切れです」と江川が報告してきた。

「頑張ったね」修造がみんなに言った。

杉本が「俺、全部自分一人でちゃんと揚げる事ができました。途中意地になっちゃったけど、楽しかったです」

「そうか、良かった。達成感あったな!」

「はい!」

「俺達は片付けて車に運んで行こう」

修造と杉本は台車に荷物を乗せて運んでいった。

その時、販売中の藤岡に「おい」と声をかけてきた男達3人が現れた。

横にいた江川は3人を観察した。

3人とも同じような170cmぐらいの背丈で黒髪を短くしていてそんなに派手な出立ちではない。どちらかと言えば地味でまあまあダサい。

真ん中の黒いブルゾンの男が話しかけてきた。

「藤岡!久しぶりだな。お前が店を辞めてから働いてるパン屋が出てるって言うから見にきたんだよ」

藤岡は黙っていた。

「へぇー!パンロンドって言うんだ!」3人はにやにやしながらのぼりを見て「後で話があるから公園に来いよ!」そう言って去って行った。

「ねえ、何?今の」江川が聞いてきた。

藤岡は一気に表情が暗くなった。

「さっきのは前の職場の同僚だったんですが、俺がみんなより先に色々と仕事を任されるようになって給料も上がった頃からギクシャクし出して、ある時ひと晩真っ暗な倉庫に閉じ込められたんです」

「え〜!ひどい!」

「それから暗いのとか物音とかすごく怖くなってしまって」

「それで前のとこ辞めたんだな」いつの間にか戻ってきた修造がそれを聞いて言った。「そうですねそれだけでは無いんですが」

「修造さん!元の職場の人達が藤岡君に後で公園に来いって言ってました!」江川が修造に気がついて焦って言った。

「よし!じゃあさっさと片付けてそいつらに会いに行こうよ」修造と杉本が2人でやる気を出してきた。

「藤岡君、俺達車に荷物を全部仕舞いに行ってくるから蒲浦さんが来たらもう帰るって言っといて」

「はい」

藤岡は3人が行ってしまった後、急いで蒲浦を探して「パンロンドです。もう片付けたので帰ります。ありがとうございました」と言って公園へ走って行った。

「みんなの気持ちは嬉しいけどこれは俺の問題なんだ」

藤岡は真っ暗な道を公園に向かって走って行った。

公園の真ん中にはそこだけ明るい照明のついた時計のついている柱があり、3人はその下に立っていた。

藤岡は息を切らして「話ってなんだよ」と言った。

「お前なんで急に辞めたんだよ。俺達に挨拶もしないで」

「俺を1晩閉じ込めといてよく言うな。俺が倉庫にいるってわかってて鍵をしたんだろ?電気も消して!」

「さあな、なんの事だか」

「閉じ込められたんなら中から呼べば良かったろ?」

「よく言うよ!そのまま帰っただろ!仕事でも毎日の様に嫌がらせしてただろ?忘れたとは言わせないぞ」

「俺達はお前のものわかりの良い1を聞けば10を知るみたいなところがイラついて腹立つんだよ。出来杉君!」

そう言って2人が藤岡を羽交締めにしてもう一人が前に立った。

「うわ!」殴られる!

そう思った時、藤岡の前に立った男の頭に丸めたエプロンが当たってバサッと落ちた。

驚いて見るとパンロンドの3人が走ってくる。

「こらー!やめろ!」

「なんだお前ら!」

藤岡が2人の手を振り払い3対3.5で向かい合って立った。0.5は修造の後ろに隠れている江川だ。

「お前ら、嫌がらせなんて陰険で小さい奴らだ!悔しかったら藤岡を仕事で抜けば良かったんだろ。人の事をうらやんでる暇があったら自分がもっといい仕事してみろ!」

修造の話を聞いて藤岡も続けた。「あのままお前達と同じ所で働いて。同じようになるのが嫌だったんだ」

「なに!」

さっきのやつがまた藤岡の胸ぐらを掴んで首に力を入れてきたので、その手首を掴んで「おい!藤岡を離せよ!そいつはパンロンドの藤岡だ。もうお前達とは関係ない!2度と俺達に関わるなよ!」と修造が怒鳴りつけた。

そして調子に乗って杉本がファイテイングポーズをとって近寄り一人と揉み合いになった。

その時、ズザーンと音がした。

一瞬修造達に気を取られた真ん中の奴に藤岡が一本背負いを決めた。

倒れた男から藤岡が一歩下がった。

突然のことで地面に倒れた男を囲んでみんなポカーンとしている。

江川が気を利かせて「あの〜パンロンドって偶然すごい腕っ節の人達が集まってるんですよ。怪我人が出ないうちにもうお帰り下さい。騒ぎになったらあなた達も損ですよ」

と言って倒れた男を起こして「さあさあ。」と3人を促して帰した。

それを見てみんな「江川が1番度胸あるかも。」と思っていた。

3人を見送りながら「おれ、学生の時柔道やってました。今度怖いことがあったらそれが霊でも一本背負い決めてやります。それに」

藤岡は真っ暗い道を見て「おれ、さっきあの道を必死で走ってたら怖さを忘れてました。俺には仲間もできたし。孤独でもない。もう怖いものはありません」

「俺、パンロンドの藤岡なんで」

「そうだな」

2人は顔を見合わせてフフと笑った。

催事だよ!全員集合!江川Small progressおわり

このお話は2021年8月30日月曜日にパ屋のグロワールのブログに投稿したものです。


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