32パン職人の修造 江川と修造シリーズ A fulfilling day 修造

パン職人の修造 江川と修造シリーズ A fulfilling day 修造

「ねぇ?何か変な音が聞こえない?」

機械の故障だろうか?低い擦れる様な音がする。

グーググーグーグー

みたいな?

パンロンドの奥の工場で作業中

江川がキョロキョロしながらカスタードクリームを炊いている藤岡に言った。

「シッ。聞こえますよ本人に」

藤岡がホイッパーから手を放し、そっと指差した音の方を見て江川の大きな丸い目がもっと丸くなった。

修造の鼻歌の音だったのだ。

えっ

修造さんってあんなに歌が、、

音痴というか、この音はどこから?

喉?

肺の奥?

修造はと言えばすごく気分良さそうに謎のドイツ語の歌を歌いながら生地を分割している。

ウキウキして喜びで胸がはち切れそうだった。

修造は2人目の子供が無事産まれて

大地と名づけた。

自分の育った山から見える緑の大地のイメージだそうだ。

「なあ聞いてくれよ江川!ほんとちっちゃくて可愛いんだよ」

「はい」

今日だけでも3回くらい聞いた。

そしてビニールシートに生地を3000グラム測って包み、江川に抱っこさせた。

「産まれた時なんてこんなにちっちゃかったんだ」

「わあ軽〜い」

「それにしても生まれたての赤ちゃんってこんなに軽いんだ、おーよしよし」

杉本があやし始めた。

「生きてるって不思議、こんなに小さく生まれて、どんどん大きくなって、やがて修造さんぐらい大きく成長するんだ」江川が感動して言った。

その時店から奥さんが修造に声をかけた。

「明後日の昼に一升パンの注文が入ったからお願いね。名前は歩と書いてあゆむ君よ」

「わかりました、明後日の昼に」と言って注文書を受け取った。

「一升パンってなんですかあ?」と杉本が聞いた。

「一升パンって一歳のお祝いに子供さんの背中に背負わせて一生食べ物に困らない様にとか健康であります様にと願いを込めるんだ」

「へー」

「元々は一升餅と言って、2キロの餅米をついて作るもので最近はパンでお祝いする様にもなったんだ。だからステンシルで名前とか可愛い模様を彫って生地に乗せて粉をかけて焼くんだ」

「はー」

まずパソコンで文字を書き印刷する(もちろん手描きも)、紙に良い感じに貼りつけたり絵を描く。レイアウトが完成したら文字や絵の残したい部分を切り抜く(直に発酵した生地に直接文字を貼り付けて粉をかけるやり方もあります)生地に乗せてくり抜いた所に粉を振りかける。そのあと落ちる粉に気をつけてそーっと剥がす。それを焼くと焼成後は文字がくっきり出るのです。お願いしたら近所のパン屋さんでもやって貰えるかも。

「俺も大地が一歳になったら凄いのを作るぞ!」

「はい」

拳を高く上げ決意表明をした修造にみなどうぞどうぞのジェスチャーをした。

ーーーー

日曜日の昼

若い夫婦が小さい男の子を抱っこして

パンロンドにやって来た。

「一升パンを受け取りに来ました」

親方が窯の前から「可愛いなあ」と男の子を見て言った。

修造も奥から見ていてニコニコしている。

他のものは子育てに縁のない生活をしてるが、最近の修造を見て良いもんなだなあと思っている。

「あのイカつい修造さんがあんなに笑顔で」

と杉本が言った。

「誰よりも早く帰って赤ちゃんとお風呂に入るのがなによりも楽しいんだって」

「へぇ〜」

ーーーー

さて、その湯船では

修造は大きな手に大地の頭を乗せて親指と小指で耳に水が入らない様に耳たぶのところをそっと抑えて、小さなガーゼで優しく大地の顔を拭きながら「もうちょっと大きくなったらお父さんと空手に行こうな」とか話しかけていた。

「俺がお前を守るからな」

成長する迄危険のない様に、でも色んな体験をさせてやりたいなあ。

「なあ」と気持ちよさそうに身体を湯船に浮かべている大地に言った。

まだまだ睡眠のサイクルが短い大地を抱っこして寝かしつけ、そーっとベビーベッドに運ぶ。

週2回休みがあるし、パン屋は朝は早いがその分帰りも早い。なるべく緑や大地と過ごすことにした。

こんな風に静かな時に修造は度々世界大会のパンの構想を練っていた。

生地の旨味を追求するのはもちろんの事、その他にも考えて実際に作ってみる為のレシピを作ったり、ステンシルの柄を考えたりしなくちゃな。

そんな風に考え

宿題をやってる緑の横で一緒になって紙に書いたりした。

パンデコレのデザインを考えて律子に超小声で「これどう?」と見せた。

「こないだ京都に行ってきて勉強になったんでしょう?」

「そうなんだ、行って良かったよ」

とか話してるうちにパンデコレのデザインに緑が色鉛筆で色を塗り出した。

それを見ながら紫は紫芋やブルーベリー、※青はバタフライピー、赤はラズベリーとかパプリカ、黄色はカボチャやウコン、ベニバナなどと考えていた。

「和装の女性はどう?」

「着物の?」

「そう」

凄い小声で律子と話し合って色々デザインを描いてみた。

うん、だんだん形になってきたな。

「よし!みっちゃん、スーパーに行こうよ」

そろそろ夕方なので修造は晩御飯の材料を買いに行く事にした。

「うん」

緑と手を繋いでスーパーに続く坂を降りながら「お母さんはね、時々お父さんと緑と一緒にドイツに行けば良かったって言ってるのよ」

「えっほんと?」

しかし思い出してみれば、呼び寄せるどころか律子は段々メールの返信もしてくれなくなってたからなあ。

「お母さんも複雑だったんだろうな。。緑!今日お母さんの好きなおかずにしよう!」

修造はスーパーで山賊焼きの材料と生クリーム、無塩バターなどを買った。

山賊焼きは長野県松本市近辺の名物で、ニンニクの効いた醤油ベースのタレに鶏もも肉を漬け込んで丸ごと揚げる旨いやつだ。

「美味しい」

カットした鶏肉を箸で摘んで噛むと、鶏皮のカリッとした美味い食感の後にジュワッとジューシー感、その後にタレの付いた鶏肉の味が広がる。

「だろ?律子!今日デザートもあるからね」

と言ってさっき作っていた牛乳入りのふわふわのパンにミルククリームをたっぷり挟んだ。

「ほら牛乳パン!」

「あ!懐かしい」

律子は大喜びでフワフワの牛乳パンを頬張った。

牛乳パンは戦後長野県周辺に流行したご当地パンで、いわゆるバタークリームがサンドしてある。生地もバタークリームも店によって様々。パン屋によっては可愛い袋に入れて販売しているので、デザインの違いも楽しい。

今日は生クリームが多めのクリームをつくって食感を軽くした。

「美味しいねお母さん。もうちょっと大きくなったら大地ちゃんも食べれるね」

「そうね」

授乳中の律子はそこそこ食欲もあり、それが大地の為にもなる。

いつもなら「したり顔」をするのだが、そんな顔してる所を奥さんに見つかったら叱られる。修造は密かにニヤッとした。

「ねえ、今度の日曜日お父さんとお母さんが来るの」

「え」

修造はギクッとした。

律子の父親高梨巌はその字の通り案外厳しい。

ーーー

さて、日曜日

修造はその日仕事だった。

巌と容子は長野からやってきて、可愛い孫の所に直行した。

「いらっしゃい。おじいちゃん、おばあちゃん」

「みっちゃん、久しぶりだね。会いたかったよ」

早速可愛い孫の緑に巌がデレデレし出した。

「大地ちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんがきましたよ〜」

緑は小さなお母さんの様に大地を抱っこして巌に渡した。

「わあ〜また大きくなったね」

巌は早速容子と代わる代わるで大地を抱っこした。

「あいつはどうした?今日は仕事なのか?」

「お父さん。あいつなんて呼ばないで!名前で呼んでよ」

と律子に叱られた。

「ええ?」

実は巌はまだ修造を名前で呼んだ事がない。

「おい」

とか

「こっちだ」とか

「あっちだ」とか

おおよそ会話とは言えない。

しかし一度は心が通い合ったことがある。

大地が生まれる知らせを初めて律子から聞かされたその時、2人は確かに心が通い、微笑みあったのだ。

とそこへ緑が話しかけてきた。

「お父さんはお仕事よ。ねぇ、おじいちゃん。一緒にパンロンドまでお散歩に行こうよ」

「お散歩かい?みっちゃん案内してくれる?」

可愛い孫と歩けるので喜んで出かけたが、修造の所に向かって歩いて行ってるだけなので行き先に何の興味もない。

2人で楽しく話をしながら歩いて東南商店街まで来た。

「ここら辺は変わらないなあ」そう言って和やかな昼間の商店街を歩いていると

「おや」

何故あそこだけ賑わってるのかとふと見てみた。

人が出入りを続けているお店がある。

「あのパン屋だ」

店の手前にあるガラスから見えるものは?

こりゃなんだ?

パンロンドの外から巌は店内に置いてあるものを見た。

「おじいちゃん、これ、お父さんが作ったのよ。小さいのは江川さん」

え!

これ手作りなのか?

「パン?」

パンでできてるのか?

これをあいつが?

修造のパンデコレをじっと見てると柚木の奥さんが気がついて店内から出てきた。

「いらっしゃい、緑ちゃんとおじいちゃま」

「どうもご無沙汰しております」

修造がドイツに行ってる間、律子は緑を育てながらパンロンドで職人として働いていた期間がある。その時は巌も度々パンロンドを訪れていた。

「ちょっと待っててね」奥さんが店内に入って行った。

するとすぐコックコートにコック帽姿の修造が走って出てきた。

「お、お義父さん。。こんにちは」

「お父さん、おじいちゃんと散歩してきたのよ」

「そうなんだ。どうぞ店内へ。パンを見て行って下さい」

「うん」

巌はいい香りの店内に入った。

なんか並んでるパンが変わったな。

巌が店内を見回した。

「先日改装したんですよ」と奥さんが説明した。

ここは前なかったパンが並んでる。

「この棚は修造さんのドイツパンコーナーなんです」

なんだか誇らしげに奥さんに言われる。

高校を卒業してすぐパンロンドで働き、その後メキメキ頭角を表した修造をとても大切にしているのがよく分かる。

修行に行ってこれを造ったんだな。

「どうもみっちゃんのおじいちゃん」

「あ、親方。その節は娘がお世話になりました」

2人は売り場の棚を見ながら話した。

「うちのパンも変わりました。なんというか修造が運んできた空気がうちをそうさせるんです。前向きにと言うか、いい方向に流れていますよ」

「へぇ」

「もうすぐ大会がある。フランスでの試合があります。誰でも出られるってもんじゃない」

巌は親方の真剣な顔つきをじっと見ていた。

「色んな事のちょっとずつがあいつの時間を奪ってる気がします。大会前は修造にはガッチリ修行に行かせるつもりです」

巌は修造のパンを沢山買って店を出た。

確かに親方の言う通りだ。

生半可な事をしていては

頂点は目指せないだろう。

山の上に立てるものも立てなくなるのか。

帰ると容子と律子が食事の用意をしていた。

「おかえりなさい」

「ただいまお母さん。パン買ってきたよ」

「沢山おまけして貰ったね、みっちゃん」

「うん」

しばらくして修造が帰って来た。

「先程は」

修造は巌にペコっと頭を下げた。

「うん」巌は一言だけ返した。

「修造おかえり。先にお風呂に入ってきて」

「うん、身体を洗ったら呼ぶから大地を連れてきて」

「はーい」

そんな会話を聞いていた巌は大地を抱っこして「お父さんとお風呂に入ってるんだな」と大地に話しかけた。

「可愛いなあ大地ちゃんは」

目を細めて大地を見つめながら「こんな可愛い子供たちなんだ。みんなで守っていかないといけないね」と言った。

その時「大地を連れてきてー」と声がしたので風呂場に連れて行く。

「わっ!お義父さん、すみません」と言って大地とお風呂に戻った筋肉質の修造を見て「あいついい男だなあ」と緑の宿題を見ている律子に言った。

「嫌だお父さんったら何言ってんの?」

「ふん」

「ふんって何よ褒めたくせに」

「フフン」

夕食の時、巌は白胡麻のカイザーゼンメルにハムと信州から持ってきた野菜を挟んで食べてみた。

うーん美味いなあ。

サクッと香ばしいパンだわい。

こっちの黒パンはどんな味なんだ?

うん、酸味があって滋味に溢れている。

こないだのクロワッサンも美味かったがこれもこれも美味い。

巌はパンを噛み締めた。

緑が寝る前に容子が本を読んでやっていた。

律子が風呂に入ってる間に、巌は大地を抱っこして寝かしつけている修造に話しだした。

「修造君、ワシは今日お前の造ったパンを見てきたよ」

「はい」

「親方も言っていた。フランスの大会には誰でも出られるもんじゃないってな。もうすぐ夏休みだ。ひと夏長野で私達大人が子育てをちゃんとするからお前はパンの練習をしなさい」

「えっ?」

突然の巌の申し出に驚いた。

妻子を取り上げられるのかと思ったがどうやら違う。

巌はなんだか凄そうな大会の特訓をするべきだと考えていた。

「人生にチャンスは何度もない。一つの事に集中しなさい」

「お義父さん」

今の生活はハリがありとても楽しいが、確かに一抹の不安はある。

身体が2つあったらいいかもしれないが、、

「わかったな」

「はい、律子と話し合ってみます」

ーーーー

巌達が長野に帰った日、修造は律子に巌の申し出の事を話した。

「そうよね、お父さんの言う通りがも」

律子は父親がそんな事を考えていたのかと驚いた。

「私達、夏休みになったら長野に行くわ。その間ホルツで練習させて貰ってね」

「ごめんね律子」

修造

本当は一緒にいたい。

でもいつか私達パン屋さんをするんだもの。その時は毎日一日中一緒に過ごすわ。

「大地、緑、みんなでお父さんを応援しようね」

修造が家族と離れ、1人で修行を始めてまもなく

ベッカライボーゲルネストの鳥井シェフが修造と江川を呼び出した。

3人は鳥井の知り合いの経営するビストロムラタに来ていた。

「僕、フランス料理とか初めてです。緊張するな」

「ビストロは気楽に楽しめる所だよ。ここの料理は美味いから食べさせたいと思ってね」

鳥井は予めオススメコースを予約していた。

オードブルが運ばれてきた。

「わーオシャレ!」

江川は大きなお皿に並んだ色とりどりの前菜に感動した。

シックな調度の店内で少し薄暗い空間に、料理の部分だけLEDのスポットライトが当たって綺麗。

どれも手が混んでいてひとつひとつの形や味に理由がある。

「うわ〜美味しい」

スープとパンの後メインの鴨肉は村田シェフが運んできた。

「どうも鳥井さん」

「今日はお願いします」

江川と修造には1人2枚づつ皿がある

「これは?」

「2つとも食べ比べてみなさい」

江川はひと皿目の鴨肉をカットして口に入れた。

うわ、ちょっと油っぽいかな?

名店なのに後口に臭みが残ってる、なんか古いものを出されてるのかなって思っちゃう。

江川は修造の方を見た、口には出さないが江川と同じような顔をしている。

もうふた皿目も同じように食べてみる。

「あ、美味しい。同じ料理なのにこんなに違うなんて驚きだ」

「やわらかくて甘味もある。どうしてこんなに違うの?」

2人は顔を見合わせた。美味しい物を食べた時の顔をしている。

村田が説明した「ひと皿目は脂をいい加減にとって高温で調理しているので鉄分の匂いが残るし肉が硬くなる。ふた皿目は鴨肉の下拵えがきちんとしてあります。すばやく室温に戻してドリップをきちんと取ったり、ナイフで余分な脂を丁寧に取ったり、冷蔵庫で脂をしめたり、低温調理したりと各工程で基本がきちんとしてる方は味が整っているんです」

「そうなんだ、こんなに味が違うんですね。僕知りませんでした」

鳥井も2人に説明した「例えば肉の下拵えは前の日にやるのかやらずに始めるのかで随分違ってくる。勿論パン作りも同じだ。会場では沢山のことを忘れずにやらなきゃならん。初段階のうちにタルティーヌの具材の下拵えをしておきなさい。修造はサワードウに何が合うのか考えておきなさい」

「はい、素材の下処理一つでもそれぞれ理由があり、キチンと準備することで味が調和し美味さを整えられるんですね」

食べるのは美食家の審査員ばかりだ。工程のどの部分にも油断はならない。鳥井が言いたかったのはそこなんだろう。

デザートの前に口直しのフロマージュが運ばれてきた。

コンテチーズ、ロックフオール、カマンベール・ド・ノルマンデイーの次に

燻製のチーズを食べた時口の中にスッと風味が通り抜ける。

「美味い」

他のチーズと違う

「うちで燻製にしてるんですよ」と村田が説明した。

「美味いものを記憶に刻みなさい。もっと自分の可能性を高めるんだ」

鳥井はそう言って、次に食材の豊富な輸入専門店に連れて行った。

「世の中には沢山の食材がある。それらの味をなるべく沢山覚えておくんだ。自分の中に味の引き出しを沢山持て。何と何を合わせると何に合うのか、いくらでも計算出来るようになるんだ」

そう言いながら鳥井はカゴの中に商品を選らんで入れていった。

修造は、その様子を見ながら鳥井の言う『前日準備の重要性』について覚悟した。前の日の下拵えと種の準備、当日の段取りが勝利の8割だ。後の2割はいかに失敗なく他にない自己表現をするか。

「前の日の1時間にどれだけできるか何度も練習をしておけよ」

そう言って鳥井は袋いっぱいのおすすめ食材や香辛料を渡してきた。

「応援してるぞ修造」

「ありがとうございます」

「江川もな」

「はい、今日はご馳走様でした。僕勉強になりました」

鳥井は2人に目で合図して去っていった。

「渋いなあ。かっこいい」江川は受け取った袋を両手にぶら下げ、へ〜っと首を横に傾げながら鳥井の背中を見送ってそう言った。

ーーーー

そのまま2人は修造のアパートの部屋に移動した。

鳥井に貰った物を全部開けて順番に味見してメモに書いていく。

「あのチーズの味。あれは美味かったな」

「美味しかったですね」

「うん、あれをタルテイーヌに使えなかったとしても何か他の事に使いたいな」

タルテイーヌにパテドカンパーニュを使いたい。しかしあれは完成までに3日かかるから無理だ。鳥井シェフの言うとおり、基本に忠実にしなければ上手くいかないだろうな。

そうだ!

修造は何かを閃めいてそれを紙に書いてみた。

「江川」

「はいなんですか」

江川は修造を観察していて何かを思い付いたのに気がついていた。

修造はニヤリと笑いながら言った。

「明日からこれを練習して貰う」

紙を受け取り「えっつ」と声を上げた。

「大会前日の1時間にやって貰う」

「僕やったことありません」

江川の顔が引き攣った。

おわり

A fulfilling day  充実した日々

修造が江川に課した大会前日にやる事とはなんなのか?

修造はまだまだやる事が多いようです。

#バタフライピーとは  マメ科の植物、チョウ豆(蝶豆)の事。ハーブ。生地に青い色を着けられる。ハーブテイーとしても楽しめる。レモンやライムを垂らすと紫に変色する。

このお話は2022年07月06日(水)にパン屋のグロワールのブログに投稿した

28パン職人の修造 江川と修造シリーズ broken knitting

パン職人の修造 江川と修造シリーズbroken knitting

修造が各ブースを練り歩いていた時

職人選抜選考会2日目は高校生パンコンテストが開催中だった。

その会場の中には前日修造達選手が作った作品がディスプレイされていた。

江川はそれをひとつひとつ丹念に見ていって、そして最後に修造のディスプレイを見てしみじみと言った「うん、どれも凄いけど僕たちのが1番凄いな」

その後ろでは高校生達が各ブースに分かれてパン作りをしていた。

江川はとてもレベルの高い高校生達のパン作りに驚いて大きな目を皿の様にして見ていた。

「あの子達凄ーい」

すると「江川君」とお洒落な女性が声をかけてきた。

「ほんと田所さんも佐々木さんも技術が高いわね。江川君もお疲れ様だったわね」

「あっBBベーグルの田中さん、その節はありがとうございました」

「いえ、良いのよ。あの時は優勝して良かったわね」

「はい、おかげさまで」

「今日はうちのパン教室の生徒さんが出てるから応援に来たの」

店に料理番組にパン教室か、田中さんも手広いな。と思ったその時、父兄の団体が到着したのかその一帯が人でいっぱいになり田中とは距離が空いた。

「またね」と手を振って田中が消えたので江川もその場から立ち去って、朝は一緒に来たのにそれ以降全然会わない修造を探した。

通路を四つ辻ごとにキョロキョロ探していると鷲羽と園部が見えた。そしてその手前にひとりの青年が立っている。

年の頃なら自分ぐらいだろうか。

知り合いかな?話しかけないのかな?

「ねぇ鷲羽君、園部君、修造さん見なかった?」

「ごめんね、見なかったよ」

「自分で探せよ!」

うわ!園部君に比べて鷲羽君の言い方腹立つな。

そう思ってそれ以上近寄らず角を曲がって立ち去った。

江川も色々見て回ったが、コンテストの会場は人でいっぱいだし、どこにも修造はいないし。。

寂しくなって会場の外のベンチに座り、パンフレットで場内の地図や参加店を見出した。

へぇ、去年来たのと同じ感じだけど、懐かしいな。

ここに来て修造さんは世界大会に出る決心をしたんだ。

僕始め世界大会って空手の事だと思ってた。

江川は思い出して照れ笑いした。

「おい、何を笑ってるんだ」

「あ、大木シェフ。休憩ですか?3日間大変ですね審査とか進行とか」

「そうだな、若い力を育ててパン業界を盛り上げるのが使命みたいなもんだよ。おい、お前もそのうち手伝うんだぞ」

「はい、僕今日何もすることが無くて困ったので手伝った方が良いです」

「今日の夕方は前日準備だな!鷲羽は手強いぞ、それに他の3人もな」

「残りの3人ってどんな人ですか?さっき鷲羽君をじっと見てた人がいたけどその人かな?」

「1人は福岡のSS料理学校のパンコースの沢田茉莉花、1人は関西のT調理師養成学校のパンコース龜井戸孝志、そしてブーランジェリー檜山で働いている木綿彩葉だ」

「きっと技術が高いんでしょうね」

「そうだな、成績の良い若者ばかりだよ。江川、帰ってちょっと休め、夕方の準備をイメトレしとけよ」

「はい」

江川は言われた通りにホテルに戻りまた夕方駐車場に行き、車から自分の資材を運んだ。

ブースの前の空間で

4人が輪になって立っていて江川を見ている。

「遅かったな」

「あ、ごめん鷲羽君」

大木がやって来た。

「では各自挨拶してから前日準備を始める様に」

皆に挨拶してから江川は思った。

あ、昼間鷲羽君を見てたのはこの人たちじゃ無いんだ。

「鷲羽君、今日知り合いの人が来てたみたいだけど会えた?」

「知らなかったな」

「そうなの?わかった」

修造はすでに江川のブースで忘れ物がないか確認に来ていた。

「さ、始めて江川」

「はい。僕緊張して手が震えてきました」

「大丈夫だよ、リラックスして。計量は間違えない様に」

「はい」

選手の与えられたブースは4メートルに区切られていて、その中にミキサー、パイローラー、オーブン、ドゥコンなどが設置されている。

先に始める生地の材料や必要なのものからブースの中に入れて、その他の後でやるものは次々出していく計算だ。

明日は修造があれこれ手前から注意してくれたり必要なものは後ろから用意してくれるからその点は安心だ。

種を作った後、ホッとして「修造さん、明日はよろしくお願いします」と言った。

次の日

若手コンテストも早朝から始まった。

皆、緊張の面持ちでスタートした。

鷲羽と江川は隣同士ではなく、間に沢田茉莉花がいたのでお互いの気配は全くわからない。

緊張してなにかの工程を飛ばさない様に気をつけてスケジュール通りに慎重に。

修造は江川の体調が心配だったが、もうこの場においては頑張って貰うしかない。

江川!お前は個性的な奴だ。その個性とセンスを最大限に生かしてはじけるんだ。

祈るような気持ちで江川の進行を見守りながら修造は横にいた大木に話しかけた。

「大木シェフ、ここまでの期間色々面倒見て下さってありがとうございました。結果はどうあれ俺も江川もいい経験になりました」

「江川がお前の助手も自分のコンテストも両方やると聞いて、正直どちらも疎かになると思っていたが、どうにか乗り越えられそうだな」

「はい、江川は頑張り屋さんだな」

「鷲羽は元々よくできる奴だったが江川のおかげで益々技術が上がったな」

「はい、ライバルって良いですね」

鷲羽はパンの専門学校に行ってた時、他を押し退けてまで技術の習得に熱心だったので、敵も多かったらしいが、今日は1人で集中して結果を出そうと必死だった。

コンテストに出た全員が粛々とパン作りを進行させていた。

江川の持ち物の中には修造に貰ったカミソリとホルダーがあった。

江川はそれをまるでお守りの様に思い、握りしめて手の震えを抑えるのに役に立った。

そのうち建物が開場になり、チラホラと人が増えて来た。

昼間になると結果発表迄に会場を回って資料集めをする人達で一杯になって来る。

今日の夕方はとうとう審査の結果がわかる。

「流石に気になるな」修造も緊張してきた。

修造は、江川のブースの後ろに周りそろそろパンデコレのものを運び込もうとした。園部も今日は鷲羽の為に色々手伝ってやっていた。

「江川これ置いとくよ」「はい」

鷲羽のパンも揃ってきた。

いい出来だ。

鷲羽は勝利を意識しだした。

その時、テーブルがバターンと倒れた様な音がした。

「なんだ」

自分のブースの後で大きな音がしたので胸騒ぎがした鷲羽はすぐに覗きに行った時、園部が急に走り出した。

「あっ!園部どこ行くの!」

走り去る園部の背中を目で追ったがそれどころでは無い!鷲羽のパンデコレの部品が乗ったテーブルが倒れている。

「うわーっ」鷲羽の叫び声が聞こえたので修造が駆けつけた。

鷲羽は膝をついて箱の中を見ながら「園部が」と修造に言った。

中を覗くとマクラメ編みが割れている。

修造は「諦めるな!まだ時間はある!修復するんだ」と言って走り出した。

修造は長いリーチで走る園部の背中に距離を詰めて行った。

しかし何かおかしい。

園部が見えてきた、その前に誰か走っている。

角を曲がって真っ直ぐ行くと出口だ!

「おや」

興善フーズにいた背の高い男は、走っている3人の男に随分先から気がついた。

ブースの中から見ていると先頭を走る男が近づいてきたので、それ目掛けて2段構えの台車の下を「ポン」と蹴った。

「うわ!」

先頭の男が台車に片足をぶつけて勢いよく転けた。

「あ、ごめんね」と言って素早く隠れて見ていると、園部と修造が追いついた。

「修造さんこいつがテーブルを倒したのを見ました」

「なぜだ!何故やった?」

騒ぎを避け、修造と園部は一般の客から見えないパネルの後ろに男を連れて行った。

よく見ると園部と同じ年頃だ。その青年は修造の掴んだ腕を勢いよく振りほどいた。

「あいつが悪いんだ。専門学校にいた時、ずっと俺を見下していた。昨日見かけた時目があったのにあいつ全然俺に気がつかないで無視した。忘れてるんだと思ってすごく腹が立ったんだよ。俺があいつに前向きな人でなしってあだ名をつけてやったんだ」

「確かにあいつは無神経なところがある。だがそれと努力して作り上げたものを一緒にするな」

修造はその男の代わりに後ろのパネルを思い切り正拳突きをして「努力の結晶に敬意を払わない者はこの俺が許さない!」と一喝した。

そのあと2人は男を警備員のおじさんに引き渡した。

鷲羽の所に戻る道すがら園部は珍しく口を開いた「みんなは英明の事を悪く言うし、英明は口が悪いけど根性は腐っていない。あいつはいつも熱い奴です。それは俺が保証します」

「だな、園部。あいつは良い友達を持ったよ」

2人が立ち去ったあと、背の高い男は修造が穴を開けたパネルを「あ〜あ」と言って見ていると、興善フーズの営業が通りかかった。

「ねえ、ごめんねこれ、割っちゃったんだ」

「え、これシェフが壊しちゃったんですか?どうやったらこんな風になるんです?」と逆に聞かれて困ったが、笑ってごまかして上にポスターを貼って隠して貰った。

「これで大丈夫です。その代わりと言っちゃなんですが~、ねえ、シェフ。今度うちの講習会に出て下さいよ」

「これが終わったらブラジルに行くから無理かなあ。だからまた今度ね」

背の高い男はそう言いながら「え~」と追いかける興善フーズの営業と戻って行った。

その頃鷲羽は震える手で他の選手に随分遅れてパンデコレの仕上げをしていた。

一部修復は無理だったがなんとかつなぎ合わせ、大木が色々アドバイスしながら仕上げることが出来たが、完成予想とは格段に劣る。

力なく他のパンの真ん中に置いてあと片付けをしていると、園部と修造が戻ってきた。

「ごめん、俺が見てたのにこんな事になっちゃって」園部は残念そうに謝った.

「園部、疑ってごめん。園部がやったんじゃなくて本当に良かった」

鷲羽の瞳から改めて安堵の涙が溢れた。

「園部はテーブルを倒した奴を捕まえようと走って行ったんだよ」修造が説明した「お前の事を恨んでる様だったよ。あいつが鷲羽の事を前向きな人でなしって呼んだんだな」

そう言われたが、本当に全然覚えていない。俺って本当に困った奴だ。割れたかけらを見て、改めてこんな性格が引き起こした事だと思う。

江川の作品を見た。

案外カッコいい。

蜂の巣と菩提樹の花をモチーフにしたパンデコレ、夢に出て来た草原のサワードウ、親方の教えてくれた「ぶちかましスペシャル」とか言う編み込みパンなど工夫が凝らしてある。

「あいつの勝ちだな」そう思った。

全ての選手が自分のパン作りについて審査員のシェフに説明をしていったが、鷲羽の様子を見てみんな気の毒でどんな顔をしていいか分からない。

さて、とうとう選抜選考会の優勝者が発表される場になった。3日分の優勝者が今日発表になる。

こういう時って本当に誰が選ばれるかわからない。

鷲羽は若手コンテストの選手の中に混じって立っていた。

大木がマイクを持って司会進行の元

各選手のパンが並べられている前に立った世界大会の出場者から発表される。

憔悴してぼんやりと立って見ていると、修造の名前が呼ばれる。

修造は段の上に立ち、前回の優勝者からトロフィーを受け取った。

すごく眩しくてキラキラして見える。やっぱカッコいいな修造さん。

江川が両手を上げてやったーと叫んで人一倍拍手している。

大勢の人が修造の写真を撮っていた。

その向こうにそれを見ている佐々木が自分と同じ様な表情で立っている。

俺分かりますよ。あなたの気持ち。

俺、絶対優勝するはずだったんですよ。

その次は高校生パン教室の優勝者が選ばられた。凄い盛り上がって大騒ぎになった。父兄が集まってきて人でいっぱいだ。

その最中、若手コンテストの結果発表が始まる。

会場はザワザワしだした。

江川の名前が呼ばれて、鳥井シェフからトロフィーを受け取っている。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

そんな事を言ってるんだろう。

次に鷲羽の名前が呼ばれた。

審査員特別賞

鷲羽はうやうやしく賞状と盾を受け取り頭を深々と下げた。

そして後ろに立って全員を見ていた。

少し涙が出てきた。

疲れてるだけだ。

鷲羽は少し離れたところに座り込んだ時、横に立った人影を見た。

「大木シェフ」

「俺、自分の性格が原因で色々とダメになってしまいました。練習を最後まで見てくれたのにすみません」

「おい、がっかりするな」

大木は座り込んだ鷲羽の二の腕を大きな手で掴んで起き上がらせた。

「お前はまだ若いんだ。一度負けたぐらいでなんだ。まだまだこれからチャンスはたんまりある。園部と切磋琢磨して修造の跡を追え。フランスに行きたいんなら先に修行に行け、帰ってきたらまたうちで練習しろ。俺が練習を見てやる」

「えっ」

「俺が目をかけてるのを忘れるな」

鷲羽はパンロンドの親方が言ったことを思い出した。

いつか大木シェフと気心が知れる様になるといいな。

今がその瞬間なんだろうか。

鷲羽の瞳から大粒の涙が溢れた。

「ありがとうございます」

「俺、フランスに行ってきます」

「そうだ!フランスの空気をたっぷり吸って来い!ルーアンに国立製菓製パン学校があって、講師の中にはM.O.F(フランス最優秀職人)のタイトルを持つ先生もいてるんだ。短期コースもあれば2年間学べるコースもある。佐久間に色々面倒見る様に頼んでやる。パスポートを用意しとけよ」

「はい」

鷲羽は天井の無数のライトを見上げて言った。

「下を向くのは俺らしくない」

おわり

broken knitting 壊れた編み目

INBP(Institut National de la Boulangerie pâtisserie)フランス国立製パン製菓学校

M.O.F(Meilleur Ouvrier de France)フランス最優秀職人

この作品は2022年04月29日(金)にパン屋のグロワールのブログに投稿した物です。


26パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structure

パン職人の修造 江川と修造シリーズ honeycomb structure

今日はベッカライホルツでの練習の日。

選考会までの日にちがいよいよ1か月をきり、緊張も高まって来た頃。

修造、江川、鷲羽は3人で立体の飾りパン(パンデコレ)の練習中だった。

修造は、円形の生地の薄い台に三つ編みの生地を平らなまま輪にし続けて円を作りながら鷲羽に話しかけた。
「パンデコレはどんなのをするつもりなんだ?」

鷲羽は三つ編みの旋盤の美しい編み目を見て惚れ惚れしながら言った「俺も編み込みを使いたいと思っています。それと、俺は花とか自然とかより幾何学的な物と組み合わせた感じにします」と言って設計図を見せた。

「へぇ!江川とはまだ違う味があるね」

「本当ですか!」修造に褒められて鷲羽は物凄くテンションが上がった。
そして江川の横で「俺、絶対江川に勝ちます」と言った。

「お前な、そう言う所を治せって」修造に注意されて「あ」と江川の方を見た。

江川は頑なに修造の助手も自分のコンテストも頑張ると大木に宣言して、またその通りにやろうと必死だった。

留基板金のおじさんが作った何種類かの六角形の抜き型で生地を丁寧に抜いて行き、蜂の巣がモチーフのパンデコレを作ろうとしていた。

選考会では修造たちの出る世界大会のコンテストのパンデコレは大型で背も高い。
しかし若手のコンテストのパンデコレはその3分の1の大きさだ。
大きさは関係なく技術の高さを競い合うので手抜きはできない。

江川は鷲羽に「勝つのは僕だ」と手を休めず生地の方を見ながら言った。

鷲羽は修造が焼成後の円盤形のパンの裏に拍子木の様な生地を貼り付けていくのを見ていた。
「これを向こうで組み合わせる時に引っ掛かりがないと輪が落ちるからあらかじめ茎の部分と凹凸をつけておく。十字相欠き継ぎ(じゅうじあいがきつぎ)みたいなやり方だな。それと旋盤に付ける花の裏には仕掛けをして、そこを引っ掛ける様にして水飴で留める。立てても落ちないし時短にもなる」

修造はピッタリ木の幹と旋盤の凹凸がはまったので悦にいった表情をした。

「はい」

鷲羽はワクワクして当日現場でもよく見ようと思っていた。

「修造さん達の出る選考会は初日なので見学が出来ます。自分達のコンテストは3日目なので参考になりますよ。他にはどんな選手が出るんですかね?」

「4人のうちの1人は北海道の北麦パンの佐々木さんなんだ。俺と年は変わらないみたいだね。道産の小麦と自家製酵母のパンが美味い店だよ」

「へぇ」

「2人目はブーランジェリー秋山って店で働いてる職人らしい。資料が無いんだよ。きっと凄い腕前なんだろうな」

「謎めいてますね」

「3人目はパン工房エクラットの寺阪って人でパンの種類が豊富なお洒落な店だ」

「俺、早くどんなパンが並ぶのか見てみたいです」

「俺は緊張する」

修造と鷲羽の会話を尻目に江川の手は止まる事は無かった。

それを見た修造が「俺も1番綺麗に仕上ったと思えるまで何度もやってみるよ。鷲羽、お前も早く作業に戻れ」

「あっ、はい!」

鷲羽は生地を細く細く伸ばしてマクラメ編みを作っていた。コンテストではそれを使って長方形と曲線で立体的なパンデコレを作る予定だ。

そこにベッカライホルツのオーナー大木が入ってきた。

「みんなよく頑張ってるな。選考会まであと半月程だ。会場は関西だから宿泊の準備、備品、材料、資材など忘れるな。運送屋の手配はしておいてやるから」

「お世話になります」

「半月なんてすぐですね」

「うん」

修造は緊張をほぐす為に胸の辺りを摩って「ふぅーっ」と息を大きくついてまた作業に戻り、美しい立体の花を作り出した。
それはブルーベリーで色付けした生地で修造の故郷の山に夏になると風にゆらゆら揺れる愛らしい『ヒゴダイ』という葱坊主によく似た花をモチーフにしている。
その後上品な夕顔や、ヒゴシオンなどの紫色の高山植物を次々に作っていった。

それを見た江川は修造の助手の座を鷲羽や他の選手に取られまいと執念の炎を燃やしていた。

「絶対に」江川は呟いた。

「修造さん、明日は打ち合わせの後、通しで助手としてやらせて下さい」

「江川、お前大丈夫なのか?無理するなよ。現場では俺が頑張るからな」

「僕だって頑張ります」

修造は江川の目の周りの青白い色を見て「疲れたら休めよ」と注意した。

江川は以前過労で倒れた事があったのだ。

「大丈夫です。僕やれます」

「お姉さんに聞いたよ、弟は頑固だって」修造はそう言いながら笑った。

つられて江川も恥ずかしそうに

「ウフフ」と笑った。

さて、3人のいるホルツとは遠い所、北海道の南の方にある北麦パンは広い駐車場が併設された今風の建物で、店内には色とりどりのフルーツやナッツののったデニッシュ、美味しそうな自家製ソーセージの調理パン、ドライフルーツがいっぱい入った自家製酵母のパンがズラリと並んでいた。

どのパンも個性的で技術の高いオススメパンばかりだ。

客は皆、方々から車で町にやって来た時に北麦パンで好きなパンを買っていく。

その工房の奥ではシェフの佐々木がパンデコレの仕上げをしていた。

「先生にコーチして貰ってここまで来たなあ」と佐々木は自分の技術の始めと今を思い比べてしみじみと言った。

佐々木の後ろに立っていた先生と呼ばれる背の高い男は「シェフの元々の腕前が良いんですよ」と、こことここを変えてと指で指示しながら言った。

「俺、修造さんには負けませんから」とまるで宣言する様な言い方を聞いて背の高い男は「何故その修造さんだけ?選手は他にもいるでしょ?」と作品から目を離さずに聞いた。

「あの人は生まれる前からパン作りをしてたんじゃ無いだろうか?そのぐらいパンにピッタリ寄り添ってる。俺はそれに勝ちたいんです。俺のパンに対する気持ちの方が上だって証明して見せますよ」

「生まれる前からですか?面白い。シェフには是非頑張って貰わないとね」背の高い男は何故かおかしくて腹筋を2回ほど揺らした。

「勿論です。俺、明日から選考会が終わるまで店を休んで集中します」

「いいの?半月も店を休んで」

「大丈夫です」佐々木は自分の作ったパンデコレを上から下まで点検する様に見回しながらそう言った。

「あと半月で修造さんとの闘いだ」

その日の夜

帰り際の大木が別室を覗くと鷲羽が1人でパンデコレの仕上げをしていた。

「鷲羽、まだ帰らないのか?」

「はい、シェフ、これが俺のパンデコレです」

鷲羽の作品はらせん状の板の組み合わせで構成されていて、正面にはマクラメ編みが取り付けられた物で、鷲羽の技術の程度が良くわかるものだった。

「ふん、悪くないぞ鷲羽、らせんの間隔が美しい。マクラメ編みなんてよく考えたな。明日から最終仕上げの段階に入るから更に磨きをかけろ」

「分かりました。江川に絶対勝ちます」

「江川だけじゃないぞ、全員で5人だ。」

その時鷲羽は修造の言う言葉を思い出していた。

お前は江川の事をライバルで、戦わなきゃならないと思ってるのかもしれないが、お前がこれから戦うのは自分自身なんだ。

おわり

honeycomb structure(ハニカム構造)

この場合は江川と修造の心の絆が丈夫で壊れにくい事を指しています。

修造は段々説明が上手くなってきました。

輝く毎日は心の充実。

江川のお蔭かも知れません。

このお話は2022年03月13日(日)にパン屋のグロワールのブログに投稿した物です。

25パン職人の修造 江川と修造シリーズ Prepared for the rose

ベッカライホルツの事務所のデスクに肘をつき、大木は電話していた。

「あぁ、そう、あの二人ベークウェルに行ってたよ。社長が礼を言ってきた。鷲羽も顔つきが変わってきたな。いい経験になったんだろうよ。はいはい。そっちはどうなんだ佐々木の仕上がりは?そう。じゃあな」

俺も負けていられないな。選考会まであと少し、これから鷲羽はあの二人と別室で特訓だな。

大木は顎を太い指で摩りながらプランを練っていた。

一方、東南駅の西側に続く商店街にあるパンロンドでは。

「あの〜親方」

「なんだい江川。こないだのヘルプはどうだった?ベークウェルって店に行ったんだろ?」

「はい、ここやホルツとはまた違う店やそこで働く人を見てきました。それであのう」

江川はすごく言いにくそうだったので親方は江川をジーッと見た。

「おい!なんでもいいから言ってみろ」

「わ、鷲羽君がここに勉強に来たいって言ってます」

「え!!」

「え?」

「えーっ!」

そこにいた全員がそんな声を出した。

「鷲羽ってあの江川さんをいじめてた奴ですかあ?」杉本がびっくりして聞いてきた。

「俺が絞めてやりますよ」

「杉本君、そんなんじゃないよ。勉強したいんだって。あの人凄く修造さんに憧れてるんだ」

「えっ」最後に修造が驚きの声を出した。

「知らなかった。なんで俺なんかに。ろくに話もして無いのに」

「俺は分かりますよ」藤岡が修造に爽やかに微笑みかけた。

「パンを作ってる時輝いてますね」

「なんだよそれ」

修造は恥ずかしがって下を向いて仕事をし出した。

「お前達も飾りパンの練習をしなくちゃな。コンテストはすぐなんだし」親方が修造と江川をかわるがわる見て言った。

「ここで作ってっていいんですか?」「おう!当たり前じゃないか!ホルツにも呼ばれたらすぐに行け、ここでも好きなだけ練習しろ。もうどんな感じか考えたのか?」

「はい、大体は」修造は実家の近くに咲いている花を元にデザインを考えていた。

「お前は手先が器用だもんな。やる事が繊細だよ。どんなのができるか楽しみだなあ」

「僕はまだです。どうしたら。いいのやら」江川が自信なさそうに言った。

「おい、俺が見てやるから紙にイメージを描いてみろ」

「はい」親方に言われて白い紙をじっと見ていた

江川は頭を抱えた。「何も思いつかない。鷲羽君はどんなのを作るのかな」

「江川、パン以外の事で何かヒントになる様な事があるかも知れないよ」

「そうですね、何があるかなあ」

さて、何日か後、鷲羽と江川はパンロンドとホルツでお互い入れ替わって研修に行くことになった。

約束の朝早く、鷲羽がパンロンドにやってきた。

一礼して、入り口に立って工場の方を見ている。

「あなたが鷲羽君?」柚木の奥さんが声をかけた

「はい、そうです。今日は勉強させて頂きに来ました」と言って頭を下げた。

奥さんは鷲羽を見て、凄く意地悪って聞いてたけど案外礼儀正しいわね、と思いながら「ちょっとー!鷲羽君が来たわよ!」と奥にいる親方に言った。

「よう!鷲羽。俺は柚木、親方って呼んでくれ。早速着替えて来いよ」「はい。本日はよろしくお願い致します」鷲羽はまた礼儀正しく頭を下げて更衣室までの道のりに出会う全員に挨拶して行った。

「思ってたのと違いますね〜」

「そうだね」と杉本と藤岡が鷲羽を見ている。

と、そこまでは良かったが、鷲羽は親方の前に呼ばれた。

「俺が生地を分割するから丸めてバットの上に置いてくれよ」

「はい」

親方がスケッパーというステンレスのカード形の道具を手に持ち分割した生地を、鷲羽は大人しく丸め始めた。バットに並べた生地がいっぱいになると冷蔵庫に入れて、また次のバットに入れていく。

親方はリズム良く生地を分割しながら聞いた。

「パンロンドで勉強したいんだって?で、どんな事を聞きたい?」

と聞かれ「はい、俺不思議だったんです。なんでこんな小さな店で一生を終えようとしてるんですか?」

その瞬間、工場の温度が十度程下がり、親方と鷲羽以外の全員が凍りついた。

「うわ、こわ」

「なんて事を」

悪気なく失礼な事を平然と言った鷲羽に親方だけは頭から熱を放出した。

「小さな店?敷地面積の事かよ?」

鷲羽はキョロキョロして「それもありますけど、商店街のパン屋で良いんですか?」

「おう!俺は俺の作りたいパンをここで作り続けるさ。じゃあ逆に聞くが、なんなら良いってんだよ」ちょっとスケッパーにかける力が強くなった。

「もっと一等地に店を出したらどうですか?例えば外国で修行して、帰って来たらそこで習って来たパンを作るとか、俺ならそうするな」

「はあ?パン屋がみんなそうするとは決まってねぇだろうが」なんだか生き方を否定された様な気がして来て腹も熱くなって来た。親方は分割する手が段々速度を増して鷲羽の前に沢山溜まって来た。「早く丸めないと溜まって来ただろうが!」

親方は次の生地を持ってきてさらに分割し出した。

見よ!このスピードアップスプリットを!親方は必殺技を繰り出した。

鷲羽は必死に丸めたが、親方の気を悪くさせた事には気が付いていない。

藤岡が材料を計量中の修造に目で合図した。

親方が怒ってますがどうします?という意味だ。

「藤岡、計量を頼むよ」

「はい」

修造は親方の横に立ち「親方、バゲットの焼成の時間ですよ」と言ってスケッパーを持ち「俺が変わります」と言って他の作業を促した。

親方はふと我に帰り、あ、俺ムキになりすぎたかな?若造がほざいてるだけなのに。「お、おう。頼むね、修造」

修造は溜まった生地を丸めて台の上をスッキリさせてからまた分割を続けた。「鷲羽、店の方を見てみろ。お客さんの様子を」

鷲羽は工場の奥から窯の前に立って作業をしている親方のもっと向こうを見た。

狭い店の中にいきいきとパンを選んでトレーに乗せているお客さんの姿が何人か見えた。

自分だけの好きなパンを選ぶ人もいれば、家族の好きなパンを選ぶ人もいる。皆お気に入りのパンをトレーに自由に乗せている。

「みんなここのパンのファンなんだ。どんなお客さんにも好きなパンがあって、ここのパンで大きくなった大人もいるんだ。今店にいる風花もそうだよ。ここのパンが好きで働いている。街のパン屋さんっていうのは他の店同様なくてはならない存在なんだ。みんな通勤の時、昼食、贈り物、夕方、夜食などそれぞれがそれぞれの理由で買いにくる。パンロンドのパンが好きで買いにくる人々の為に親方はパンを作り続けているんだ」

「俺は誇らしい事だと思うよ」

修造は鷲羽に言った「そんなお客さんの気持ちが分かっていてパンを作ってるかどうかでまた違ってくる。お前はどうなんだ。お前だってパン作りに携わっているだろう」

一方その頃ホルツでは

大木が江川にマンツーマンの指導をしていた。コンテストまであまり時間のない江川にとってラッキーな事だった。

大木は江川に飾りパンの『薔薇の花籠』を教えていた。

シロップ生地というきめ細かい生地を薔薇の形やカゴ用に編んでいく。

「江川、選考会ではどんな飾りパンを作るつもりだ」

「自然のものを取り入れようと思いますがまだ思いついて無くて」

「立体的造形って作ったことは?」

「花とかウェルカムボードなどの練習しかありません」

大木は工程の説明を始めた。

「飾りパンはパンデコレと言って、大会では全て食べられる物で作るんだ。工程の始めに自分の作りたいものの量、パーツの数と大きさについて考える。作る量に規定があればその重さを割って考えるんだ」

「綿密に必要なものの大きさ、長さを計算する。どこに何色を持ってくるかも重要だ。見た感じの色のバランスなどもな。自分の技術を立体にしてる様なものなんだ」

大木は、江川が作ったパーツの表面が乾燥したのを確かめてから窯に入れ、低温にセットしてタイマーをかけた。

「作ったものを焼成するとイメージと全然違ってくることもある。それも計算に入れなくちゃならない」

「はい」

「コンテストにはホルツで焼いたパーツを持ち込んで現場で組み立てることになる。ここなら安全に置いておけるからな。コンテストの現場では殆どのパンをそこで作り終わった後、最後にパンデコレ(飾りパン)の組み立てをするんだ。全ての工程を頭に入れとけよ」

「今日は計画通りに生地量を決める練習から」

大木は紙を広げた。「考えとけよ。タイマーが鳴ったら出しといて」と言って江川を一人にした。

江川は作業台の上に紙を広げてペンを右手で振りふり考えた。

何か好きなものから考えようかなあ。

修造さんは実家の周りに咲いてる花がテーマだったな。。

好きなもの

好きなもの

甘いものとか?

ハチミツかなぁ。

そういえば、僕の育った家は寒いところでニホンミツバチは育てられないんだ。だからセイヨウミツバチを冬も暖かい所を作ってそこで越冬させる。

夏になると菩提樹の花で蜜を集めてる養蜂家のおじさんがいたな。森に巣箱を並べてたのを見た事があったっけ。

菩提樹は黄色い可愛い花で学名はtilia。翼って意味なんだ。

ハチミツ、菩提樹の花、翼、セイヨウミツバチか。

うーんと呻きながら江川は紙に絵を描いて、それを元に図面を作成した。

しばらくして戻ってきた大木は、江川の絵を見て言った「ふーん。あまり無いデザインだが面白い。江川、お前は個性的な奴だな」

「僕にこの部分の作り方を教えて頂けますか?」

江川は指で紙に描いたパーツを指差した。

「よし、ちょっと出かけるか」大木は江川に上着を持って来させて二人で出て行った。

さて、パンロンドでは修造に問を投げかけられた鷲羽が固まっていた。

あー

俺またやっちゃったのかなあ

すぐ無神経な事言っちゃうんだ。

首を項垂れて鷲羽は考えていた。

鷲羽が固まっている間に修造はパイローラーでクロワッサンの生地を伸ばして持ってきてカットしながら言った。

「お前な、よく人から一線置かれないか?」

「それはしょっちゅうあります」

「あんまり気にして無いから直んないだろ?」

「はい、、いえ、こないだ修造さんに言われてから意識はしています。の、はずです」

「他人に対して敬意を払っていない」

「それは、俺、修造さんに凄く敬意を払ってます」

「なんでだ。外国で修行したからかよ」

「始めはよく知らなかったからそうでしたが、修造さんは仕事に対して凄くストイックです。俺はそれに憧れてます」

修造が三角にカットした生地を鷲羽は巻き続け、バットに並べていく。

その様子を時々見ながら修造は話し始めた。

「鷲羽。今の俺があるのは親方のおかげなんだ。

親方が俺が帰ってこれる様に大切なものを守ってくれたんだ。もし親方がいなかったら今頃俺の家族はバラバラになって俺は帰るところなんてなかった。エーベルトの所に残るか、ひょっとしたらもう糸の切れた凧の様になって他の国に行って帰ってこなかったかもしれない。そしたらみんなともお前とも出会わなかっただろう。今ここにいるのはみんな俺の大切な仲間なんだよ」

誰かのおかげとか仲間とか鷲羽の頭には無いワードが出て来た。

「修造さん、さっきの質問の答えですが。俺、わかってるも何もそもそも人の思惑通りに動くのなんて嫌だし、従う気もありません。だけど自分の為になる事ならいくらでも頑張れます」

それが俺って人間なんだ。

言葉に出して、鷲羽は改めて自分の腹の中を覗き見た気がした。

「俺、前向きな人でなしって言われた事があります」

「普通人ってそう言うダメな所を隠して生きるものだがお前って正直な奴だな」

ストイックな職人には少なからずそんな所があるのかも知れないな。他に目もくれず一心不乱に打ち込むその先に美味いものが生まれるのかもな。

修造はそう考えてからきっぱり言った。

「だからって失礼な事をズケズケ言っていい訳じゃ無い」

「はい、すみません」

「俺に謝るんじゃ無いだろ?」

鷲羽は少し潤んだ目で親方を見た。

おっ鷲羽が見てる。なんだよ。とりあえず笑っとくか?親方は大きな木のスコップで焼けたパンを窯から出す手を休めずに、余裕の微笑みを称えた。

「あの、さっきはすみませんでした。無神経な事言ってしまって」

「わかりゃいいんだよ、鷲羽。いつかお前も俺と修造みたいに大木シェフと気心が知れる様になったら良いな」

「そんな日来ない気がします」

「なんでだ。自信ないのか?」

ーーーー

一方その頃

大木の車で江川は留基板金に着いた。

平屋建ての古い建物で壁はトタンで囲われている。

中からはカチャンカチャンと機械の音がしていた。

「ここは板金屋さん?」

「そうだ。さっきの設計図を出して」

「はい」

「どうもこんにちは。大木さん」

機械の音が止まり、古びた木の横開きドアが開いて一人のお爺さんが出てきた。

「こんにちは留基さん、ご無沙汰しています。ちょっと頼みたい事があってね」

留基丈治(とめきじょうじ)はおでこの上に付けていた老眼鏡をかけ直して江川の書いた紙を見た。

「これ、パンの抜き型なんだけどできるかな?」

「ふん」

留基はうなづいて工場の中に入って行った。

しばらくゴソゴソする音がして、大木と江川はその中をじっと見ていた。

「これこれ、これを曲げたら丁度良いですよ」

と言って手頃な大きさのステンレスの板を持ってきた。

「これによると色んな大きさで六角形なんですね」

「高さは五センチぐらいでお願いします」

「了解です」

留基は歯の抜けた口角を上げて笑ってみせた。

ーーーー

パンロンドでは

親方が鷲羽に優しく話しかけていた。

「太々しい様に見えてお前本当は自信ないのか?さっきの態度も江川の件もあるし。だからいつも必死なんだろう」性格の悪さを技術でカバーか。と親方は鷲羽を見て感じとった。

「それ、本当はわかってるんじゃないのか?自分で認めなきゃお前は前に進めないぞ」

そんな会話を工場の奥で見ていた藤岡は「性格矯正」と呟いた。

「鷲羽、俺はこれからもここにいてパンを作り続けるよ。ここに来たいお客さんの為にな。だからお前もいつでもここにきて良い。俺とお前の心が通い合うまでな」

鷲羽はパンロンドについての誤解が解けた気がした。

ここはホルツともベークウェルとも違う。

ここにあるのはほのぼのとした温かい空気だ。

そしてそれの大元になるのはこの親方なんだ。

「おれ、親方みたいな人に初めて会いました」

もう一人尊敬できる人ができた。

鷲羽の心にこれまでにない何か、少しだけ温かい小さな塊ができた。

ーーーー

ホルツに戻って出かける前に焼成した花籠の飾りパンの部品を、水飴でボンドの様にして付ける練習を始めた江川は、大木に細かいコツを教わっていた。

その時大木がコンテストの日程についての話を始めた。

「パン職人選抜選考会は業界最大の展示会場で行われる。三日間あって、一日目が修造達四組の職人の選考会だ。そこで選ばれると世界大会に挑戦できる。三日目がお前と鷲羽の出る若手コンテストだ。修造の助手には園部に出てもらうつもりだよ」

「えっ?園部君?大木シェフ、僕が修造さんの助手をやります」

「お前な、最終日にコンテストが控えてるんだからできっこないだろう?自分の事で精一杯で修造にも迷惑がかかるからダメだ。園部もこれまで特訓していたんだし、これから修造と息を合わせていかなきゃ」

「絶対ダメです。僕やれます!僕しか修造さんの助手はいません」

「無茶言うなよ、修造と練習して自分の分も最高の出来栄えにしなきゃいけないんだぞ!」

江川は懇願する様な真剣な目で大木を見た。

「僕その為にこれまで練習してきました」

江川の潤んだ目を見て大木は困った

「お前にはあきれるよ」

江川の奴こんな事言い出すとは思ってもいなかったな。

うーん、修造の勝利に重点を置いて、鷲羽と江川、どちらが勝っても助手になるんだからまあ良いか。代表選考会が先で良かったよ。

「どちらも出来るって言うんだな!お前が勝てなかった時は他の選手が世界大会に行く事になるんだぞ!」

「はい!僕やれます!みんなに迷惑をかけません。絶対やってみせます」

「頑固な奴だな。勝手にしろ!」

大木は強めの言葉を残して事務所に行き、選考会の提出書類を出してきて修造の助手の欄の園部の名前を江川に書き換えた。

事務所から出て別室と工場の間に立ち「江川も鷲羽も同じぐらい個性がキツいな」大木は花籠の仕上げをしている江川をドアのガラス越しに見ながらそう思っていた。

おわり

Prepared for the rose(薔薇の覚悟)

江川は修造との勝利の為に薔薇の飾りパンに誓いを立てました。

必ずやり遂げると。

このお話は2022年02月27日(日)にパン屋のグロワールのブログに投稿した物です。

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう