51パン職人の修造 江川と修造シリーズ prevent a crisis 杉本

パン職人の修造 江川と修造シリーズ prevent a crisis 杉本

東南駅から西に続く東南商店街

その真ん中にある人気パン店パンロンドでは今日もオーナー(通称親方)がパン工場の真ん中に立ってパンを成形していた。その周りには元ギャンブラーの佐久山浩太、のんべえの広巻悠二という古株の職人が2人と、イケメンで仕事のできるタイプで実はYouTuberの藤岡恭介、最近また髪の色が『肌の色に合うから』と明るめになってきた元ヤンキーの杉本龍樹、実家が呉服屋の花嶋由梨が忙しそうに働いていた。

由梨は綺麗な湖のほとりで藤岡に告白されて以降、夢の様なふわふわした毎日を送っていた。誰かから大切にされるってこういう事なんだわなんて実感している所だ。

先日も2人で動画を撮りに行って楽しく過ごした。

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さて

今日はその由梨と藤岡、そしてパンロンドの店員で杉本の彼女の森谷風花が杉本の家にお呼ばれで来ていた。

3人を呼んだのは杉本の両親茂と恵美子だった。

恵美子は一際明るい声で「まぁーみなさん今日はよくお越し下さいました。ゆっくりしてって頂戴ね」と言ってテーブルに頑張って作った料理の数々を並べた。

この場合1番気を使うのは杉本と付き合っている風花だ。

「私も手伝います」と、一緒に小皿や箸を並べた。

「あら、風花ちゃん助かるわあ。龍樹なんて帰ってきたらなーんにもしないのよ」そう言って渾身の笑顔を風花に向けた。

それを見ていた藤岡は「こりゃ取り込もうとしてるよね」と言葉に出したが

「取り込むって何をですかぁ藤岡さーん」自分の前にいっぱい皿を置いて鶏の照り焼きを頬張っている杉本に言われる。

「聞こえてたんなら言わせて貰うけど、お前がだらし無いから風花ちゃんを自分達の力でお前と結婚させようとしてるって事」

「えー、俺が結婚する日が来るとは思えないなあ」

「確かにな、ほんとに何も考えてないもんね」

「そんな事ないですよぉ」

「何がそんな事ないんだ龍樹、みんなで食べよう!風花ちゃん龍樹の横に座って!さあどうぞどうぞ。ローストポークもあるよ」父親の茂も笑顔を振りまいた。

茂が皿を差し出すと「風花ちゃん、私が取り分けるわね」と恵美子も連携プレーを取った。

みんなが談笑しつつ、と言うかさながら司会のように恵美子と茂が代るがわる話を振ってくる。

「由梨ちゃんは藤岡さんとお付き合いしてどのぐらいなの?まあ、フレッシュで良いわねぇ」

「藤岡君タワマンに住んでるんだって?眺め良いだろうなあ」

などと会話を広げた後、茂が最大限さりげなく「ところで風花ちゃんは結婚とかいつ頃したいとかあるのかなあ」と切り出した。

「えっ結婚ですか?」風花は疑問いっぱいの顔で隣に座って今度はピザをモグモグ食べている杉本を見た。

「まだまだと思います」杉本が結婚について考えてるとは到底思えないし、大事にはして貰ってるものの、真に信頼に値するかどうかはわからない。

まだまだと聞いて茂と恵美子は小皿か何かを取りに行くふりをして台所に集合した「お父さん、風花ちゃんの気持ちも分かるわね」「もし風花ちゃんに逃げられたらあいつに風花ちゃん以上の彼女が見つかるとは到底思えない!ラストチャンスかもしれないぞ母さん」

こそこそ話す2人を見て藤岡は笑いそうになった「大変だな」

食事会も終盤、藤岡は気の毒な2人の為に話を振ってやった「若くして結婚するカップルも珍しくはない。みんなでいい旦那さんを育てるという方法もあるよ」と、風花の方を見て言った。

それを聞いた茂と恵美子もウンウンと目を輝かせて頷いた。

それを聞いた由梨は「結婚」と呟いた。今のは杉本と風花の事と分かってるが、藤岡は自分の事をどう思ってるんだろう。いつか結婚とかする時が来るのかしら。

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次の日

昨日は特に茂達に何か答えを出した訳でもなく杉本に対して期待もしていないまま風花はいつもの様に仕事をしていた。

「風花、仕事終わったらもんじゃ焼き食べ行こう」

「良いけど」

「じゃあ後でな」

そう言ってパンを焼きに戻った杉本を見て風花は「本当に何も考えてないよね」と呟いた。そして横にいる柚木の奥さん丸子(まるこ)に昨日の事を話した。

「私は杉本君良いと思うけどなあ、ほら、以前も風花ちゃんの為に犯人を突き止めて捕まえてくれたじゃない?一緒に暮らして気楽な事と、何かあったら相談できる人、自分を裏切らない人。その3つがあればオッケーよ」

丸子はなんだか結婚式の挨拶の3つの袋みたいな話をした。

大金持ちでも居心地悪くては長く一緒にはいられない。

夕方

東南駅の裏側の通りにある行きつけのもんじゃ焼き屋で向かい合って座る。

風花はもんじゃ焼きをコテで掬ってフーフーしながら食べている杉本に「私達ずっと同じ空間に何年も一緒にいられるかな」と聞いてみた。

「俺は風花とならいられるな」

「そうかな」実際にやってみないとわからない。

「そういえば修造さんも結婚前に律子さんと同棲してたって言ってたな」

「知ってる、律子さんが修造さんのアパートに移り住んで来たのよね」

「2人とも1人暮らしだったから」

「それは素敵だと思うけどお、自分達の事になると話は別よね」

「なんでぇ」

「だって、ずっと自分の旦那さんを叱ったり注意したりするのって大変そうだわ、生活とか子育てとかあるのよ?」

「叱られるの前提かあ確かに大変そうだなあ」

「他人事じゃない」

明太餅もんじゃをふーふーしながら杉本はちょっと考えてみた。『結婚を申し込んだら絶対風花は俺に「〇〇したら結婚してあげる」とか言うんだろな』

「今度は何だろな」

「何だろなって何の事よ」

「えっ何でもないない、すみませーん!おばちゃーんチーズ追加」

話を誤魔化す為に杉本は店の女将に大声で追加注文した。

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休みの日、由梨と藤岡はYouTube用の動画「各駅停車パン屋巡り」を撮る為に日光に来ていた。

電車を降りる前から動画を撮り始める。

電車が去って行くのを撮った後、観光客の流れに乗って一緒に日光街道を動画を撮りながら歩き始めると、すぐに目的のパン屋さんにやって来た。

1階はベーカリー、2階はカフェで2人は可愛らしい小花柄の皿に乗って運ばれてきた厚切りのパンを3切れに切ったシナモントーストを分け合って食べた。

コーヒーを飲みながら2人はこれからの行き道について話したり、さっき撮った動画をチェックしたりしていた。

「この先の神橋の手前にも同じベーカリーがあるんだ、その横の坂を登った所にあるホテルにもパンが置いてるよ」

「はい、そのホテルって150年も前にできたんですか?」

「そうらしいよ、そのホテルでのパンの外販が始まったのが1968年だから55年以上になるよね」

「すごい歴史がある所なんですね」

「そこも後で覗いてみようか」

2人は店を出て、また歩いて赤い屋根で2階建ての建物の角にあるパン店に入った。

確かに歴史を感じる佇まいで陳列も上品だ。

「横浜の歴史のあるパン屋さんを思い出すな。雰囲気が似てる」

「そのお店も随分前に出来たんですか」

「確か明治半ばにできたんだよ、130年以上経つよね。そうだ、今度行ってみよう、言いたい事が伝わるかも」

「はい」

「そこ俺の実家の近くなんだ、ほら、こないだ言ってた満天星躑躅(どうだんつつじ)がある所」

「行ってみたいです」と言ってから藤岡の実家に行ってみたいと言っている事に気がつく「あの」ちょっと赤くなった由梨を見て、藤岡は微笑みながらねじりパンの『フレンチコッペ』をトレーに乗せた。

由梨は同じトレーにフルーツケーキ風の中味が入っている『ブランデー』という甘いパンをを照れながら乗せた。

「そこにも今度行ってみよう」

その後2人は神橋から川の流れを眺めながら話した「まだまだ行ってないパン屋さんがあるね」

「はい、どの店もお客様をお迎えする為に朝早くから色んなパンを作るけれど、どんな地域のどの店も同じパンじゃない、さっきのパン屋さんみたいに初代の製法を大切に守り続けて結果的にそれが地域の歴史を作ったり、パンロンドみたいに商店街に根付いて自ら作っていっている客層もあるんだなと最近になって気がつきました」

「そうなんだ!いい事言うなあ。そういう意味でも奥が深いよね、知らない事も沢山ある」

「はい」

そう言いながら信号を渡り、東照宮に向かって坂道を歩き出した。

「結構人が多いね」

最近は歩く時は手を繋ぐのが習慣付いていて、お互いの手の温もりが伝わり心も温かくなるのを感じていた。

幸せと言う言葉は最近になって初めて気がついた程、由梨は嫌な子供時代を過ごしてきた、街の人達に根も葉もない悪い噂話をばら撒かれて外を歩くのも辛かった。

「あの」

「うん」

「す、好きです藤岡さん」

「ありがとう、俺もだよ」

人に聞かれると恥ずかしいが、どうしても今伝えたかった。

「今日は由梨の写真をいっぱい撮ろう」

「はい、藤岡さんの写真も撮りたいです」

日光から帰った夜

藤岡がタワマンの自室で動画を編集していた時電話がかかってきた。

「はい、ああどうも、え?何故それを俺に?そうなんですね。じゃあ調べに行きますよ、それじゃあ」

そう言って電話を切った後「さてどうするかな」と大きな窓の夜の街を見ていた。

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次の日

パンロンドで作業中

藤岡は親方にお願い事をした。

親方の返事は「勿論いいけど杉本は何て言うかな」

「何も言わずに協力すると思います」

「そう?」

親方は杉本に手招きした。

「何ですかぁ親方」

「お前な、転職しろ。明日から横浜の工場へ行ってもらうから」

「えっっっっ」目を見開いた杉本の額から汗が流れた。

「パンロンド2号店?」という問いかけに親方と藤岡が違う違うと手を横に振った。

ーーーー

その翌日

親方の言った通り本当に横浜の工場にやって来た。

1人で工場の裏側みたいな所に立った。

「ここ?」工場の周りは高い塀で覆われて入り口がよくわからない。

「広いな」やっと裏門みたいな所を見つけた。この周りだけはブロック塀では無く白い鉄製の柵になっていて、植え込みの間から中が見える。

門の向こうに4人男が立っている。

「ユニフォーム着てるからここの人だよね」杉本は隙間から顔をつっこんで覗いた。

「明日、分かってるな」

「はい」

「14時決行だ」

「はい」

4人は打ち合わせ中らしく真剣な面持ちだ。

年齢はばらつきがあり、50歳ぐらいの目が細くて釣り上がった男の名札には足打と書いてある。その隣の40ぐらいの男は最上、後の2人は若くて大島と京田。

「あの〜すみません、今日からここで働くらしい杉本なんですけどぉ」

「今日から?らしいってなんだ」

「聞いてないな」

「大和田って人に会えば分かるって言われて」

「大和田工場長の事かな」

「他にいないだろ」

「じゃあ入れよ」

杉本が中に入って建物のドアを目掛けて歩き出すと「待て」と年配の男が引き留めた。

「お前俺達のさっきの会話聞いてただろ」

「何の事ですかぁ」

「聞いてなかったのかな」

「何の事かわからないのでは?」

「まあいい行け」

そう言われると気になる。

何て言ってたっけ?明日14時ケッコウ?

ケッコウです?

「コケコッコー」と言いながら工場の裏口らしい鉄のドアを開けた。

振り向くと4人の姿は消えていた。

「大和田工場長いますかー」

小学校程の大きさの施設の中は概ね2つに仕切られていて、一つは工場に入らなくても通れる様になってる入口から出口まで続く通路で、もう一つは工場だ。ガラスで仕切られていて通路からも中で作業をしているのかよく見える。工場は奥の機械の所から大型の装置が延々と繋がってそのまた奥へと伸びている。

「大きな工場、それにいい匂い」

機械の部屋の方からライトグリーンの作業着を着た体格のいい50代ぐらいの男が走って来た。

「杉本龍樹君?」

「そうっす」

「君天才って聞いてるけど」大和田悟は上から下まで杉本を見回した。どう見てもアホっぽい元ヤンだ。

「そう、俺天才なんすよ。書いたら色々覚えられるんで、でも勉強は嫌いかな」

(ご存知の方もおられるかもしれないが、杉本は書けば何でも覚えられる、なので取り敢えず何でも書くように藤岡に躾られている。ただし本人も言っているように勉強する気は無い)

「へぇ、杉本君ここの施設について説明するよ」大和田は天才の話は嘘だったと思いもうそれ以上は聞かず、施設の説明をする為に歩き出した。

「ここって何を作ってるんですかぁ」

「何も知らずに来たのか?ここは藤丸パン横浜工場だよ」

「えっ俺小学生の時の給食のパンが藤丸パンでした!すげ〜」

「藤丸パンは3代続く製パン工場なんだ。横浜は勿論関東一円にパンを卸している」

「スーパーでお母さんが買って来てます」

「そう?」大和田は満足気に頷いた。

大和田と杉本はまず宇宙服のような繋ぎに長ぐつ、マスクとネット帽子に着替えた。その後風を浴びて消毒液の上を歩いて中に入った。

巨大な漏斗から材料がミキサーに流し込まれて生地が大型のミキサーで捏ねられる所を見学。生地が捏ね上がると巨大なボックスに流し込まれる「すげー」もう少し進むと分割された生地が絶え間なく流れてくるレーンをみた「すげー」そして長い長いオーブンから焼きたてのパンが流れてきて、最後は自動で袋に入れられた後、箱詰めされて出荷されていく「すげー」

「面白いだろ?」

「初めて見たな、パン工場」

「今日は何しに来たか分かってる?何か分かったらメモして私に渡すようにね」

「はあ」

「あ、ここで待ってて、電話がかかって来たから。はい大和田でございます」と、ちょっと離れた所に走って行った。

「俺、何しに来たんだっけ?」昨日藤岡に指定された住所に行って何か探って来いと言われた「無茶言うな」とりあえずそこにあったホワイトボードに今日の事を書き出す。

明日だから18日

14時結構、血行、ケッコウ、決行

4人

大和田工場長

トンネル型オーブンは長い

俺はイケメン

「このぐらいかな」とペンを置くと同時に

「あんた何やってるの?」と50ぐらいの女性が声をかけてきた。名札の名前は小田だ。

「今日のトピックを書いてて」

「あんた見かけない顔だね、新人かい?年はいくつなの?」

「今日初めてここに来ました、新人の杉本君です。21です」

「あれ!おばちゃんの息子と同じだよ。可愛いねぇ」

「可愛いでしょ」

「ところでこの4人って何の事だい」

「裏にいた4人の男が相談してて、明日14時ケッコウだって」

「何を?」

「わかんない、何だと思う?」

「うーん多分この4人は足打達だね。あたしゃこいつにお金を貸しててね。なかなか返さないんだよ」

「悪いやつだなあ」

「多分何か悪巧みしてるんだよ」

「そうかなあ」

「そうだ、これも書いておこう」ホワイトボードに4人組の名前を書いた。

そこへ大和田が戻ってきた「小田さん、今日は杉本君を面倒見てくれない?色々教えてあげてね」そして杉本には「頼んだぞ」と言ってきた。そして杉本が書いた文字を写メで撮って何処かに送信した後慌てて消していた。

「わかりました、じゃあ行こうか杉本君」

「はーい」

2人は流れてきたパンをチェックする所に行った。

6レーンで流れてくる小型のあんぱんの変な形のものをはねるのだ。

小田はこういうのとかああいうのはダメとか説明して一緒に作業を開始した。元ボクサー志願者だった杉本は動体視力を鍛えていただけあってすぐにベテラン級の仕分けをして周りにいるパートのご婦人方を驚かせた。

「あんたできる子じゃないの」

「でしょ」

「ここが包装前の最後のチェックポイントなのよ、この前にも異物混入を防ぐふるいにかけたりX線で異物がないか見てるの、コンピューター制御されててね、それは工場長だけがパスワードを知っていて厳重に管理されているのさ」

「へぇーっすごーい」

「もしこんな大きな工場で異物が混入してたら怪我や健康被害への賠償金とか商品の自主回収、営業停止になってニュースに出て会社が傾いたらあたしゃ路頭に迷うよ」

「こわーい」

「だから気をつけないとね」

「はーい」

ーーーー

夕方

杉本がパンロンドに戻ってきた。

親方が声をかけた「よう、お疲れさん」

「ウイッス」

「今日どうだった?」

「藤岡さ〜ん、自分で行けば良いじゃないですか〜」

「それがダメなんだよ、だからお前が行ったんだろ」

「そうなんですか〜」

「で、何かわかった?」

「明日14時ケッコウ、って4人が言ってました。それと金を返して欲しいおばちゃんが1人」

「明日なのか、、、その4人ってどんな奴?」

「50歳ぐらいの足打と40ぐらいの最上と、大島と京田です」

「それと?」

「それと今日俺は(おばちゃん達に)モテモテでチヤホヤでした」

「それは良かったね。明日も行ってくれな。何かわかったら俺と大和田さんに電話してくれよ」

「はーい」

「モテモテでチヤホヤってどういう意味かしら」と話を聞いていた風花が由梨に聞いてきた「さあ、私にもわかりません」しかし藤岡が何を考えてるのかもわからない。

「風花、もう帰る時間だろ?送ってってやるよ」

「うん、龍樹、今日どこへ行ってたの?」

「藤丸パン横浜工場」

「えっ藤丸パン?なんで?」

「わかんない。見聞きした事を言うように言われたな」

「明日も行くの?それともずっとそこで働くの?まさか危険な事じゃないよね?そんなスパイみたいな事」

「スパイ?今日は変な形のパンを仕分けしてたけど?じゃあ俺明日早く出かけるから」

「わかったおやすみ」風花は繋いでいた手を離して杉本を見送った後無性に心配になってきた。

知り合ってからパンロンドでずっと一緒に働いてたのに急に他所で何をしてるのかわからない。凄く距離が離れた気がする。

「大丈夫なのかしら」

ーーーー

次の朝

横浜工場の朝は早い。

もうとっくに皆働いているが杉本は6時出社と言われていた。

丁度昨日の4人が裏庭で屯している。

植え込みの影に隠れてちょっと話を聞いてみる。

「昨日パスワードを書き換え済みだ」足打が言うと

「その後で機械を操作してあれをばら撒くぞ」最上も残りの2人に言った。

「はい」

パスワード?ばら撒くの?何をばら撒くの?

4人が歩き出したのでとりあえずつけて行く事にする。

工場の中に入り、歳上の2人と若者2人は別れて歩き出したので歳上の方について行く。

足打の持っていたファイルからメモらしきものが落ちた。

「おっ」

それをすかさず拾う。

大文字小文字と数字がいっぱい書いてあるのでまたそこにあったホワイトボードに書き写した。

「おい!何やってる!」

「あ、探しに戻って来た」

「こいつ昨日の」

「やっぱり怪しい奴だったんだ!メモを返せ!」と言ってメモを取り上げてホワイトボードの文字を慌てて消した。

「あんた達の方が怪しいでしょーよ」

「うるさい!来い!」

「そうは行くか!」

杉本は足打の手を振り払い拳を握って2人にファイテイングポーズを取った途端後ろにいた男に棒の様な物で頭を殴られた。

「いたたた」

足打達は倉庫の隅の扉付きの収納部屋に杉本を連れてきて口をガムテープで塞ぎ、両手を後ろで縛って閉じ込めた。

「時間までここで大人しくしてろ」

ーーーー

藤丸パン横浜工場の表玄関では大和田工場長と木山課長が並んで立っていた。

「もうそろそろ来られるな」

「後何年かしたら次期社長になるんですかね」

「そうなると社長もお喜びになるんだが、今の所そんな気はなくて困っていらっしゃる」

「ふーん、あ、あれ来ましたよ」

スーツが決まっている次期社長が早足で歩いてきた。

「ようこそお越し下さいました」

「大和田さんご無沙汰しています。昨日メールありがとう。早速行きましょう」

そういうと工場に入って行った。工場の裏側は昨日杉本が入って行った通りだが、表から入ると事務室や応接室があり、その横は配送の為の広い施設がある。その場所から関東一円にトラックでパンが運ばれていく。

「足打達4人を呼んで下さい」

「はい」木山課長が4人を呼びに行った。

ところが

待てど暮らせど木山が戻ってこないし4人も来ない。

「遅いな」

「どうなってるんでしょうね」

「見に行こう、案内して貰えますか」

「あっちです」

館内にある工場の横道から作業中の従業員を見ながら探したが「いないですね」とうとう裏の扉までたどり着く。

「外に出てしまいました」

「何処に行ったんだ」

「ここだよ若様」

「お前が足打?」

ーーーー

話は少しだけ遡るが

藤丸パン横浜工場の裏口付近にあまりにも杉本を心配し過ぎている風花とそれに着いて来てと頼まれた由梨の姿があった。

「ここのはずなんだけどいるかな龍樹」裏口付近の鉄柵から顔を突っ込んで覗く。

「中で働いてるんじゃないですか?」

「スパイなんて大丈夫なのかな?」

そう言われると心配だ、しばらくの間2人はじっと建物を見ていた。

するとここの従業員らしい4人が出てきた。

「ねえ、あれって龍樹の言ってた4人組かな?」

「どうなんでしょう、何を話してるんでしょうか?」

由梨が聞き耳を立ててると風花が「ねえ、あれ見て?あの陰から見てる2人」

「あっ」由梨が驚いたのも無理はない「鴨似田夫人のお付きの2人だわ」

その2人とは鴨似田フーズの従業員歩田と兵山だ。何故か木の陰から4人の様子を窺っている。

「何してるのでしょう」

風花は2人に近づいて小声で「ちょっと」と合図してみた。

歩田が気がつき由梨に頭を下げた。

「何してるの」

「奥様に言われてあの人たちを見張ってる所です」兵山も顔を近づけて来て小声で言った。

「何で」

「それは」と言いかけた時、1人の作業員が出てきて4人に声をかけた「次期社長がお前達を呼んでこいとさ」

「あの新人の杉本って言うのからやっぱり情報が伝わったんだ」

「そいつは?」

「倉庫に閉じ込めてます」

「そうか」

それを聞いて風花は死ぬほどびっくりして心臓がバクバク言い出した。

「龍樹が」足が震えて止まらない。それを見た由梨が、騒いで捕まるより4人の後を付けようと思ったその時、大和田達が裏口から出て来た。

「あっ」それを見て由梨も心底驚く。

そしてさっきの会話に続く。

「ここだよ若様」

「お前が足打?」

「あっ!木田!何やってる。お前は何でそっちにいるんだ」

「工場長、あんた何も知らなかっただけなんだよ、計画はずっと前から始まっていたんだ」

「馬鹿野郎!何をする気だ!」大和田は木田に掴みかかったが逆に足を引っ掛けられて押さえつけれる。

「やめろ木田!」

「若様なんて言われるのも今のうちだよ。お前の父親には悪いがこれから藤丸パンは終わりを迎える。大量に細かい針先の入ったパンを販売して失脚して貰う」足打が上擦った声を出した。

「そうはいくものか!AIセンサーがついてるんだ、金属片などの異物が入った物は跳ねられる」

「反応しない様にすればいいだけの話だからな」

「パスワードが無ければ変更できないんだから無理だろう」大和田も言った。

「大和田さん、あんた油断して俺と一緒の時にもパスワード打ってただろう」

「うっ」

「もうすでにパスワードを変更してある」

大和田は押さえつけている木田を跳ね除け制御室に走って行こうとしたが京田達に取り押さえられ、刃渡り10センチのナイフを首に当てられる「ううう」

「おっと、もう13時を過ぎている、14時からはいよいよ藤丸パンで1番売れているバターシュガーブレッドの※本捏ねの時間だ、俺たち準備があるからそれまで大人しくしてて貰おうか。おい!若様。お前も来い!大和田が怪我してもいいのか」なんと2人は捕まって連れて行かれた。

風花と由梨は慌てふためいて歩田に裏門の鍵を開けて貰い急いで裏口から入った。

「どこの倉庫?」

ーーーー

倉庫で縛られていた杉本は誰かが鍵を開けている音を聞いて口を塞がれながら「ふがふが〜(助けて〜)」と騒いで足をバタバタしたが、押し込まれた2人を見てびっくりした」「ふがふがふが(藤岡さん)」

「杉本」口を塞いでいたガムテープを取ると「藤岡さん何で捕まってんですかあ?得意の一本背負いで投げ飛ばしてやれば良かったのに」と巻くし立てた。

「スーツが苦手なんだよ、動きにくくて。それを言うならお前だって何捕まってんだよ」

「だって後ろから両腕を捕まえられたんだもん。俺前からの攻撃しか無理ですよお」

「全く」

「若様、何とかここから出ないと」大和田がドンドンと扉を叩いた。

鍵が付いてるが開けようとしても両開きのドアの取っ手は外側から針金が巻かれていて動かない。

「警察は?」

「スマホを取られた」

「クソ!おーい!誰かいないのかー」

ドンドンと扉を叩く音を聞いて風花が「由梨ちゃんあれ!」と走って行った。

由梨と風花が必死になって針金を外そうとしたが結構硬い「ペンチ探して来て!」とすごい形相の2人に言われて歩田が「はい」と走り出した。

「待ってられない」由梨はドアノブを拳で叩き続けた。

平田がパイプを持って来た「これ」と言ったが早いか由梨が受け取ってドアノブに叩きつけた。

「龍樹!内側からも何かできないの?」風花がドアに向かって叫んだ。

「え?何でいんの風花!」

「後で言うから早くして」

「はいよ」

と鉄製の棚に乗っていた資材急いで除け、3人で持ち上げてドアノブに叩きつけた「うおりゃあー!」

外からと内からの攻撃でドアノブを破壊した「よし!開いたぞ」

「藤岡さん」急いで出て来た所に由梨が立っていた。

「由梨」

と言いながらそのままの勢いで大和田と藤岡は制御室に走って行った。

「待って〜」と杉本達他の者も続く。

「足打!許さん」

ーーーー

丁度制御室から足打と木田が出て来た。

「木田思い直せ!機械を停止させろ」

「すみませんが大和田さん、センサーは止めさせて貰いましたよ。もう14時だ、最上達が生地に金属片をばら撒いた頃です。このまま生地はレーンの流れに乗ってケースに入れられ発酵した後焼成、冷却包装、出荷だ」

「なら今からまだ止めるチャンスはある!」

「そう、だからもう少しお前らを何処かに閉じ込めておかないと」

「出荷が終わって販売されるまでな」木田はもう一度ナイフを取り出した、切先を藤岡に向けた瞬間「あぶない!」と由梨が前に立ちはだかったがその次には「防ごう異物混入!食の安全宣言!」と叫んだ杉本のパンチが木田の顔面に当たり「ふがっ」っともんどり打って床に倒れた。

「俺は怒ったぞ!大体普段から異物混入を防ぐために修造さんからうるさく言われてたのに、人様の口に入る物に何て事を!」杉本は足打ちを怒鳴りつけた。

「本当だ」大和田も説得にかかった「足打!ギャンブル癖はあるが普段真面目に働いてたお前が何だってこんな大それた事をするんだ、今ならまだ間に合う、やめなさい」

「大金が手に入るんだ、借金も返せる。何だってやるさ」

落ちたナイフを足打が拾って再び藤岡に向けた時、今度は由梨を杉本の方に避けた後ナイフを持った手を払い左手で襟を掴んで投げ飛ばした。

壁に打ち付けられた足打のナイフを兵山が隠して歩田と一緒に取り押さえネクタイで後ろ手にして手首を結んだ。

「おい!パスワードを教えろ!金属片除去のセンサーを作動させるんだ!」藤は足打の襟を再び掴んで揺さぶった「教えませんね〜」と憎たらしい言い方に藤岡がむかついたその時「あ、俺それならわかるかも」と、まだしかめ面の杉本がセンサーの前に進んだ。

「龍樹、ほんとなのそれ?」

「うん、工場長、どこにパスワードを打つの?」

杉本に促されて大和田がパスワードを入力する画面を出した。

「えーとぉ」ぽちぽちと長い長いパスワードを打ち大和田に「次へ」のボタンを押して貰った。

「開いた!」全員が驚いてる中大和田が急いでセンサーを作動させた後、バターシュガースコッチブレッドのレーンの機械を全て停止させた。

「これで一安心なのかな」機械の動きが止まって工場で働く従業員が驚いてざわめき始めたのを見ながら杉本が言った。

「念の為今日の午後からの出荷分はストップさせて下さい」

「はい、若」大和田が制御室から作業員に連絡した。

「大和田さん、急いで他の奴らの所に行きましょう、捕まえないと」

「僕たちさっき奥様に電話しました」足打を捕まえたまま歩田と兵山が声を揃えて言った。

藤岡は一瞬由梨の方を見て「杉本!あぶないから由梨と風花を連れて帰ってくれ」そう言って走り出しながら何故2人がいるのか不思議だった。

「それに何故鴨似田夫人なんだ」そう思いながら表玄関まで走った時、平静を装って入口から逃げようとしている最上たちに追いついた。

「あっあいつら何で出て来れたんだ」大和田と藤岡を見て3人は走り出した。

その時

「ちょっと待ちな!」

工場からエントランスに出る廊下の途中で、向こうから20人小田達パートさん軍団が最上達を取り囲んだ「あんた達容赦しないよ」

「レーンが止まったのはあんた達のせいらしいじゃん」

そしてその向こうから鴨似田夫人がゆっくりと歩いてきた。

「皆さんお待ちになって」

突然現れモデル歩きでやって来た鴨似田夫人を藤岡達も最上達も口を開けて見ていた。

大和田は「鴨似田さんどうなさったんですか?うちのパートさんを引き連れて」と聞いた。

「私(ワタクシ)今日のことは随分前から知っておりましたの」

「えっ!木田たちの悪巧みの件をですか?」

「ええそうですわ、大和田さんに電話でお知らせしたのはうちの歩田ですもの」

「確かにうちの中の何者かが何か企んでると電話があって若にお知らせして今に至りますが一体何故」

「定期的に藤岡さんにお変わりがないかうちの者に調べさせておりましたの、なので小娘と日光東照宮に行ってた事も、藤丸パンが乗っ取られようとしている事も存じていましたわ」

「乗っ取り?どういう事ですか、て言うか日光に行ってた事も知ってるじゃないか」藤岡は心底驚いて言った。破天荒とは思っていたが度を越している。

「誤解のない様に言っておきますが、私ストーカーではございませんの、あくまでも藤岡さんのお幸せを願っての事ですわ」

「それで?乗っ取りのことを説明して頂けますか」と大和田が本題に戻した。

「買収ですわ、異物混入事件を起こした企業が回収の為に世間にその事を知らせなければならず、企業への不信感が生まれて株価が下がった所を買い占めて乗っ取るんですの」

「株主総会で解任議決がなされて経営者が解任させられるし従業員も生活の不安にさらされる」と大和田も言った。

それを聞いた小田達も「冗談じゃないよ!私達は誇りを持ってここで働いているんだよ、あんた達にしょうもない邪魔されてたまるかってんだよ」

「そうじゃんそうじゃん」

「観念しなよ!警察に突き出してやる」と言いながら4人を連れて行った。

藤岡は鴨似田に初めて向き合って「ありがとうございました」と頭を下げた「乗っ取ろうとした企業名を知っていますか」

「それは分かりませんの。おそらくさっきの者達も仲介の者の偽名と電話番号しかわからないと思いますわ。それに気をつけないとこれから先もいくらでもこのような事がありましてよ。いつまでも今のままで良いのかしら」

そう言っていつの間にか夫人の横にいた歩田と兵山に「帰りますよ」と言ってモデル歩きで去っていった。

「かっこいい」と大和田が呟いた。

実際、売れ筋のバターシュガースコッチブレッドは午後からできた分は出荷停止になり販売店や卸先に迷惑をかけたが大和田が機械の故障と連絡していた。

「若、会社が買収されることを考えたら安い物ですよ」

「大和田さん、今日はお疲れ様でした。俺今日は考えさせられました」

「後のことはお任せ下さい」と機械類の徹底清掃の為に大勢の従業員が集まっている所に指示をする為に戻っていった。

藤岡は1人駅まで歩きながら鴨似田夫人が最後に言った言葉について色々考えた。

ーーーー

夕方

由梨は杉本と風花と東南駅に戻ってきた。

「ほんとよくパスワードを覚えてたわよね、役に立てて良かったわ」と赤い顔をした風花が何度目かの心からの安堵を杉本に示した。

「かっこよかったでしょ」

「まあね、すごく心配だったから龍樹達が助かって良かったし、由梨ちゃんも安心したでしょ」

由梨はさっき藤岡から電話があって解決したと聞いてホッとしたが自分が不甲斐なく、何も力になれなかった事で落ち込んでもいた。

「それにしても藤岡さんが藤丸パンのご子息だったなんて驚きよね、タワマンに住んでても不思議じゃないか」風花が興奮冷めやらぬ感じで言った。

それは由梨も思っていた、動画配信やパンロンドのお給料では無理なのではないかと薄々考えてはいた。

「良いわね由梨ちゃん、イケメンでリッチよね藤岡さん」

「あっ何風花!俺の方がイケメンなのに」

「ちょっと!どこがよ?」

なんだかんだ言っても結局仲の良い2人は、駅で由梨に挨拶して手を繋いで歩き出した。

「あのさあ風花」

「ん?」

「今日俺が心配で横浜に来たの?」

「うん、そう」

「あぶないから今度からしちゃだめだよ」

「だって」

風花は気が強いがこんな時いじらしくて可愛らしい。

「そこがキュンとする所」

杉本は風花の手をグッと握って聞いた「あのさあ風花、もし俺が結婚したいって言ったらその代わりに何をする感じになるの?」ずっと聞きたかった事だった。

「何をする感じって、、、?」

「あっ良いのいいの。また今度ね」

「もう、何よそれ」

「ははは」

夜の涼しい風に吹かれながら2人遠回りして帰った。

ーーーー

仲の良い2人と別れた後、由梨は家路についた。

部屋で1人自分の思っていた藤岡とは違う姿の『若』と呼ばれる人は一体誰だったのか考える。強くて問題解決の為に走っていく所を思い出し、それに比べて自分が何も出来ないコンプレックスでいっぱいの存在な気がする。

今迄ガムシャラに着いてきたけれどそれは厚かましかったのかな。

日光で見た人とは違うの?

それに、必死だったとは言え外れもしない針金を素手で叩いたり、藤岡を助ける為に前に出たもののすぐ後ろに押し戻されたりと思い出しても恥ずかしい。

由梨が物思いに耽っていると母親がドアをノックした「由梨、藤岡さんが見えたわよ」

「え」

由梨が部屋から出るとリビングに藤岡が立っていた。

「由梨、今日はなおざりにしてしまって悪かったね」

「私今日は邪魔ばかりしてしまって」

「邪魔?まあ何故来たのかは電話で杉本に聞いたよ」藤岡はいつもの笑顔で言った。

「今日は俺が閉じ込められた扉の針金を外す為に凄い形相で鉄パイプを握ってたと聞いたけど」

「凄い形相、、、ひたすら恥ずかしいです」

「それに俺を庇った」と言って由梨の手を握った。

「由梨ありがとう、また俺を守ってくれたね」

ドアノブを叩いた時、手が傷だらけになって絆創膏が各指に巻かれている。

藤岡はそれを見ながら手を優しく包み直した「由梨、俺は今まで4代目になって責任を負うのが嫌で逃げ回っていたんだ。だけど今日は考えさせられたよ。やはり守らなくちゃいけないものはあるんだ、今のままではいられないんだと」

今のままではいられない、それを聞いて藤岡が遠くに言ってしまうのかとドキッとした。

もしそうならパンロンドの様にもう追いかけていくことは出来ない。

もし藤丸製パンに入るなら正社員への道はのりは遠いし、パートでお勤めすると次期社長に中々会えないだろう。

「だから由梨」

「はい」由梨は覚悟して聞いていた。

「この先はもっと助けて貰う事になるかもしれない」

「え」由梨はびっくりした「わ、私会社の事は何も分かりません」

「それは俺も同じだよ。これから何もかも新しい生活を2人でやっていかないかと思って」

「一緒に」

「そう、俺には由梨が必要なんだ」

いつか湖で同じ言葉を聞いたその時のままで藤岡は言った。

同じなんだわ、今日の藤岡さんもいつもの藤岡さんも「わかりました、事務でも何でも頑張ります。私でよければお手伝いさせて下さい」

リビングの陰で聞き耳を立てていた由梨の両親は

「ん?あれってプロポーズじゃないのかな」

「そうよねぇ」と小声で言った。

おわり

お話の中のパン屋さんは日光の金谷ホテルベーカリーです。
日光の駅の近くには5軒販売所があります。
金谷ホテルベーカリーは1873年(明治6年)にカッテジインが開業されるところから始まりました。その後日光金谷ホテルとして営業を開始。
1925年に入社してきた川津勝利さんが村上新一さんと共に最高のパンを追求され、以降パンとクッキースの伝統は守り続けられて行きます。
お盆の時期の夕方に訪れたので神橋店ではパンは全て売り切れでしたが、その後泊まった金谷ホテルの売店にパンが売られていましたのですかさず購入。17時からの館内ツアーに参加したり夕食にも朝食にもパンが楽しめたので満足でした。

そして藤岡が既視感を味わったのは横浜のウチキパンでした。
2軒とも伝統を作り上げたパン屋さんです。
ウチキパンは初代打木彦太郎さんが1888年(明治21年)元町『横浜ベーカリー宇千喜商店』を開始。山食パンのイングランドは130年以上の伝統を守り続けたイギリスパンです。

尊重されるべき歴史がありすぎてパン屋に入った時の雰囲気が似ています。

由梨と藤岡が2人で東照宮にいるイラストですが、彫刻が凄すぎてそのまま使わせて頂きました。

2人で3切のトーストを分け合う、一つずつ食べて残りの一つは手で半分にして、大きい方を相手に渡す。そんな2人は微笑ましいですね。

50パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses

パン職人の修造 江川と修造シリーズ パン職人NO,1決定戦 Shapen your five senses

北風が吹いてリーベンアンドブロートの駐車場の落ち葉がクルクルと舞っている。

パンを買いに来たお客さん達はいつもならテラスでパンを食べるのだが最近は店内の暖かい喫茶コーナーが満員だ。

開店当初は不慣れだったスタッフも今では無駄の無い動きをしている。

パン粉(瀬戸川愛莉)はパンの品出しをしながら工房の江川と目が合うとお互いに手を振り合う。

それを見るたび大坂は俺も立花さんともう少し仲良くなりたいものだと羨ましい。大坂は何度か夜中華屋で食事を出来る様になったものの、仕事中目があってもそのまま目を逸らされる。まるでパン箱や製パンの機械でも見ている様に。

さて

2階の事務所ではパソコンの前に座って事務員兼パン職人の塚田が修造に話しかけた。

「この調子で繰り上げ返済していくと1年以内に借入金が払い終わりますね」

「だな、でもそろそろ通常の返済に戻すよ」

「え?戻す?何故ですか?やはり借入金があった方がいいとか?」

「そんなんじゃないよ」修造はこの店の自分が動く期間が意外と短いもんだと思った。

2年はすぐやってきそうだ

約束だ

約束とは

律子と約束した2年

自分に課した2年

江川を一人前にする2年

その前に江川にはやって貰う事がある。

「江川」

「はいなんですか」

「これからお前にはちょっとした試練を乗り越えて貰う事になる」

「えっ⁈な、何ですか試練って」江川は突然修造が試練と言ったのが怖くなり身を竦めながら聞いた「どうなるんですか僕」

「今はまだ言えない」

「ちょっとぐらい教えて下さいよう」

「何があっても俺を信じろ!そして自分を信じるんだ」

「えー」

「俺とお前の、男と男の約束だ」

「男と男の?」なんだか不思議な言葉を聞いた様な江川の表情を見て、場違いな事を言ったと気が付いた修造はバツが悪そうにした「ごめん」

その日の夕方

江川とパン粉は家でおでんをする為に買い物をして江川の住んでる笹目マンションに帰って来た。

2人で仲良くおでんを作って煮込みながら江川はパン粉に質問した「ねえ愛莉ちゃん、男と男の約束ってどういう意味なんだろう。女と女の約束も女と男の約束もあるでしょう?」

勿論この言葉の持つ昭和のニュアンスはわかってはいるが実感はない。

「死語じゃない?未だに使ってる人とかいるのね。でもなんか女と女の約束ってよっぽどな時じゃないと使ったらいけない気がするな」

「修造さんがね、僕に試練を乗り越えて貰う事になるって言ったんだ」

「試練?」

「何だろう、なんか怖いな」

パン粉にも男と男の約束事はピンとこなかった様だ。

「でも修造さんを信じろというのは正解だ」

次の日

事務所にいた修造の元にNNテレビの四角志蔵がやって来た。

「どうも」

「シェフ、何かいい企画があるそうで」

修造は四角を呼び出して2人何時間か話をした。

「成程ね、シェフ、これ企画会議に早速提案してみますが対戦相手はどうやって見つけますか?」

「それは考えてなかったな。パン選手権の時はどうやって見つけたんですか」?

「ある人物に頼んだんですよ、シェフ」

「ある人物」誰だろう、上層部の人物とかか?

その時四角は何か言いかけてやめた。

「おっと時間だ、決まり次第ご連絡します」

修造の考えた企画は取り上げられ何だか大袈裟な程大きく扱われる事になった。

大型の会場に仕切りが設けられてセットが作られた。そしてモニターがあちこちに付けられた。

その日

スタッフルームに修造、那須田、佐々木、大木、鳥井が集まった。

「うわ、おれ選手の方じゃなくて良かった」台本を見ながら那須田と佐々木が言った。

『ある人物』とやらが集めた20人の選手には先日招待状が送られていた。

それを受け取った者達は当日控室でスタッフから受け取ったコックコートに着替えて、荷物は全部ロッカーに仕舞う様に言われる。

その中に江川の姿があった。

江川も招待状を受け取り、修造に行くように言われていた。コックコートの左胸の所には『18』と書いてある。

総勢20人がきょろきょろしながら言われるがままに移動し、ひしめき合って暗い部屋に入った。

「なにここ」

「怖い」

「暗い」

「これから何があるんだよ」

と皆口々に言った後

全員が「あっ」と反対側の扉の上を見ながら言った。

暗い中電光掲示板が光る。

混捏(こんねつ)しろ 250gのバゲット10本分

皆が読み終わってざわつき出したタイミングで扉が開いた。

全員その向こうの部屋に移動する。

「あっ」

20台の作業台とミキサーの横に材料が置いてある。

江川は18番のテーブルの前に行った。

準強力小麦粉、今測られたかの温度の水、塩、インスタントドライイースト、モルトシロップが置いてある。

そして全員が「あっ」と驚いた。

「秤がない」

「秤無しでやるのかよ」20人全員が口々に言いながらそれぞれ材料を目分量で計り、ミキサーで生地を捏ね出した。

皆自分の作業に取り掛かっている。


江川は普段の自分の作業を思い出した。たまに良い感じにメモリぴったりに量れる時があるじゃないか。その時の感じを脳内に甦らせる。
全てが手探りのままミキサーに材料を入れる。
後は感覚で水を足しながら固さを調節した

その後生地をケースに入れてフロアタイムを取ろうとした「タイマーも無いのか」目分量も不安だし、分割までの時間も自分で計らないといけない。

待ってる間隣の者と話したり、自分一人で考える者もいた。

「よう」ポンと江川の肩を叩いた方を振り向いて驚く「あっ鷲羽君。フランスから帰ってたの?」

「休暇で帰ってたんだよ」

「僕パン学校の話聞きたいな」

「後でな江川」今はそれどころでは無い。

皆体内時計をフル活動させている最中だ。半透明のケースに入ってる生地の発酵具合で分割のタイミングを見ている。

その内江川はある事に気が付いた

「あ」

生地と書いてあるから生地を仕上げる所まででいいんだろうか

「でもホイロもオーブンも無いし」

江川は迷ったが、生地にパンチを入れてまたフロアタイムを取った。

かなり時間が経過していて不安だったが、生地の発酵具合を見て決めるしか無い。

焦って早めに分割をしだすものが出てきた。

「まだだ多分」江川は他に聞こえないように口に出した。

「もう少し緩んで来るのを待とう」

ケースの中で生地はゆっくりと発酵し始めどんどん膨らんで大きさが変わっていく。

辛抱辛抱

修造はカメラに映ったその様子を別室で見ながら

以前に送り主のわからないバゲットの本に挟んであったメモに

必ず一番良いポイントがやってくる その時をじっと待つ事だ

そう書いてあった

その事を思い出していた。

「まさにこれだな」

分割を済ませた者は出口から出て行った。

皆ざわざわして分割を始める者が出てきた。

そんな中、じっと生地が3倍の大きさになるのを待っていた。

「よし」やっと分割だ。

もはや半数が部屋から出ていた。

江川はケースから生地を出しフラットにした、そしてなるべく一発分割を心がける

その時250gで10本分と頭の中で復唱するが

「それは違うんだ」と思う

この分割した生地をこのまま置いて行っていいのかどうかもわからないけどでも250gって書いてあるけど250gじゃないんだ。

「修造さんを信じて」出口から出た。

「また真っ暗だ」早くに出た者はみんなこの暗い所で立って待っていたのか、そう思いながら狭い所で立っていると残りの者が1人2人と出て来て、20人揃ったところで後ろのドアが閉まった。

最後に入って来た男の声で「もう審査が始まってるよ、何人かの審査員が一人分ずつ計量していってる」と言っている。そうだ!やはり重さが重要なんだ、そう思った矢先に新たな電光掲示板が光った。

「番号だ」

「合格者の番号だ」

「俺何番だったっけ」など口々に聞こえる。

「18番だ」江川は自分の番号があったのでピリッと緊張した。

電光掲示板の下のドアが開いた。ここは合格者だけが入る感じなのか。

さっきと同じぐらいの大きさの部屋には台が10台並べられている。

「あっ」台の上にはもう出来上がった生地が並べられている。

「これは?」またしても部屋の奥にある電光掲示板を一斉に見た。

生地を同じ重さで100gに分割、できた者から出る

「生地を100gに?」きょろきょろした「また秤が無い!」

台の上には生地と手ごなとスケッパー、そして丸めた生地を入れるパン箱。

江川は分割しながら100gを手で計った。

できた者から先にと言う事は、他の者が分割し終えるより先にここから出なくちゃ

毎日やっていても中々出来るもんじゃ無い

それにこれって100gに分割して大きかったり小さかったりしたら最後には他の人と数が合わなくなるんじゃないかしら

製パンアンドロイドなら見ただけで全体の大きさ、持っただけで重さが分かるのに。

でたらめやって早く出ても意味がない

とにかく100gの目安を自分で決めてその通りにしなくちゃ

江川は生地を同じ大きさに横にカットしてそれを等分に分けた

隣の台にいる鷲羽は凄い速さで分割している

だが他の選手を気にしている余裕はない「慎重に速く」と自分に言い聞かせる。

最後の列の分割中

あ、これ全部で100個になるのかな、目算では98個だ、2つ足らないや

でも100個って引っかけかも知れない。

江川は迷った。

でも自分で100gと決めて分割した結果98個だったんだからこれでいいのかも

そう思って江川は記事を丸めて箱に入れ、蓋をして急いで出た。

「また真っ暗だ」その声を聞いて鷲羽が声をかけて来た。

「江川お前何個?」

「98だったんだ、100こだったのかも」

「そうか、迷うな」

ってことは鷲羽君も98だったのかな

だとしたらホッとするな

後ろからぞろぞろと残りの者が出てきた

「俺は100個」

「俺は110個」などとバラバラの数を皆口々に言っている。

さっきと同じぐらい待った。

きっと今頃集計してるんだろうな

僕どうなるのかな、修造さんは今何してるんだろう

その時「あっ」また5つ番号がでた

「18がある!」そして次の扉が開く

江川は急いで次の場所に行った、鷲羽が走って行ったからだ。

早く行って次のお題を確認したい。

5人が次の場所にたどり着いた、そこに置かれていた物は。

「あっ」

台が5つある、その横には各々大きなミキサーボールに生地が大量に入っているものが置かれている。

電光掲示板が光った

体力を使って3分以内にここを出よ

えっ僕こんなの3分以内に持てないよ

その瞬間江川の脳裏に※3分間のダンボール面接の事が浮かんだ

あの時も3分だったんだ、あの時修造さんは僕の事を現場処理能力のある優秀な奴って言ってくれたんだ。

江川は生地に食らいついた、だが重くて1回では無理だ。

少しづつカットして移していけばいけるがそれだと時間がかかる.

そうだ

江川は生地の下に手を入れてグッと持ち上げた

そうすると生地がパッとミキサーボールから離れて持ち上がる

ブザーが鳴りだした

それを生地が下がる前に勢いよくドオンと入れた。

「これをあと4回!」

あと1分!

江川は最後の生地を勢いよく入れてその時足首を捻ったがそのままの勢いで部屋からまろび出た。

「いたたた」江川の声を聞いて早くにそこに立っていた鷲羽が「転んだのか」と聞いてきた。

鷲羽は絶対に修造の出題に食らいついてくる江川に「お前は相変わらずだな」と言ってきたが以前の様に悪意はない、つい言ってしまうのだ、そしてまた負ける気がするがその気持ちを払拭する。鷲羽は背筋を伸ばして深呼吸をした。

「勝つのは俺だ」しかしよく持ち上げられたな、基礎体力と体幹が大事なんだ、細い奴でも体幹が強ければ持ち上げられる。そういえば北国で育ったって言ってたな「やっぱ北国の人って足腰が強いのか」

ところで残ったのは5人の中の誰なのか?それは5人共が思ってる事だ。

はあはあ言って横に立っている人物なのか?相当急いだのか息切れがひどい「重かった」と汗を拭きながら言っている感じがする。

「あっ」電光掲示板が光った「18番だ」信じられない。「俺の方が早かったのに」と声がしたがさっきみたいに急いで現状を把握する為に次に行きたい「ごめんね」と振り向いて行った後、江川は痛む足を庇い片足飛びで飛んで行った。

「いたたた」足がズキズキする「捻挫かな」

次の現場には3人が選ばれた、鷲羽と江川、そしてもう一人は多分息を切らしてた男だ、日に焼けた肌に黒髪の青年だった。スラリと足が長くて歯が白い。

青年は江川に知り合いに挨拶する様にニコッと笑った。「あっ」見たことある。

この人、パンロンドのお客さんだ。

しかしそんな事を考えている暇は無い、次に江川が驚いたのは大阪が立っていた事だ。

「江川さん」

「大阪君どうして」

「訳は後ですよ江川さん」

見ると鷲羽には園部が、もう一人の青年には同じ年ぐらいの女の子が組んでいた。

電光掲示板が光った

2人で50人分のタルテイーヌを仕上げて次へ

見ると台の上にあらゆる食材が並べられている『2人で』と書いてあるので一緒に作ると言う意味だ。

見るとさっきより少し広い室内の奥には食材を置くスペースをとってあり、2台の冷蔵ストッカーに肉やハム、魚介類と4台のテーブルの上に野菜、各調味料、洋酒などあらゆる食材が並べられている『2人で』と書いてあるので一緒に作ると言う意味だ。

「お題には2人でって書いてあるから自分で勝手にやるなって事かな」しかし話し合っていると時間が足りなくなってくる。できた者から出口に行かなければならない。2人はとりあえず食材の前に立つ。

「いたた」

「足をくじいたんですか」

「うんそうなんだ」

「そこから指示して下さい」

「うん、大阪君あれとこれと、、」

江川が食材の調達を頼んでる間、鷲羽と園部は息がピッタリで話もせずアイコンタクトだけで食材を決めて運び終わっていた。もう一組は寄り添って食材を選んで運び出した。

江川と大坂は時間の無い中細か具何をどう使うかを話し合い、ソースに関しては材料を運びながら大阪が提案したものを採用してする事にする。

食材を大慌てで集めた後、必死になってソースの量を計算した。

慣れて無い場所でのソースを50人分作って最後足りなくなるのは本当に困る、おまけに勝てる物を作らなければいけない。

ソースの次は具材の切り出しを2人で始める。

「大坂君ソースを塗って、僕がトッピングするからどんどん手前と入れ替えて」

「はい」江川は大急ぎで食材を切りながらどんどん大坂とトッピングしていった。

「早く綺麗に!」

後の2組が終盤に差し掛かった時女の子が指を怪我した「いたーい」「咲希大丈夫?はよ手当せな」そう言うと青年はタオルを指に巻いた。そして咲希を端に避けて驚く速さで盛り付け出した。

江川は手を動かしながら青年の会話を聞いて思い出した事があった「咲希ちゃん?そうだ、あの子高校生の時パンロンドでバイトしていたんだ、あの男の子はその時お客さんとして通っていたんだった」

鷲羽たちが終盤に差し掛かって来た時、大坂も作業に慣れてきて2人してどんどん追い上げていった。「できた!」急いで片付けて大坂の背中に飛び乗った「走ってー!」と出口を指さしたのと同時に大坂が「うおーーーっ」と走り出した。

その時俊敏そうなあの青年達が咲希を抱えて先に滑り込んだ。

「あっ」

大坂は江川を背負ったまま滑り込んだが間一髪間に合わなかった。

「3位になっちゃいましたね、江川さん」

「うん、頑張ってくれてありがとうね大坂君」

6人はその場でしばらく待たされた。

「咲希ちゃん久しぶり。元気だった?」

「あ!江川さんだあ。早太郎、パンロンドの江川さんだよ」

「佐久間早太郎です、お久しぶりです」

挨拶しあう4人を見て鷲羽が「江川、この人佐久間シェフの息子さんだよ」と言った。

「えっそうだったの」佐久間シェフと言えばパン王者選手権の時に修造が戦った超有名ブーランジェリーサクマのオーナーだ。

「なあ咲希ちゃんさっきの怪我大丈夫やった?」

「うん早太郎の心配症さん、ちょっと指の先を切っただけだから大丈夫」

「だって咲希に何かあったら俺どうしたらいいねん」

「何言ってるのうふふ」

急に2人の世界に入り込んだのをみて鷲羽が「何しに来たんだよ」と呆れた様に言った。

その時電光掲示板が光る

全員で移動

突然扉が開いた「今度はなんだ」鷲羽と園部は確認しようといち早く扉の向こうに行った。「行こう咲希ちゃん」と早太郎達も続く。

「俺達もこのドアから出ていいんですかね?」大坂は江川をおんぶしたまま「ひえ~」と怖がっていた。「何がおこるの?」江川もキョロキョロした。

広いスタジオに観客席があり、そこに50人程の老若男女が座って拍手して6人を出迎えた。その前には審査委員席があり、知り合いのシェフ達が座っていた。

そのまた前には広いスペースがあり、テーブルが置かれている。

その反対側に修造が立っていて6人に手招きした。

6人は緊張の面持ちで横一列に並んで立った。

江川は痛い方の足を少しあげたまま大坂の腕に掴まり立っていた。

突然四方に設けられた大きなモニターに文字が現れた。

「五感を研ぎ澄ませ!パン職人頂上決定戦!」それを見ながら売れっ子司会の安藤良昌が大きな声を張り上げた。

「観客の皆さん、テレビをご覧の皆さんこんばんはNNテレビが総力を挙げてお送りするパン職人頂上決定戦のお時間が始まりました!パン職人の皆さんには何時間も前から戦いを繰り広げて頂いておりましたが、その中から選ばれた3人のシェフと助手の3人に並んで頂いています」

画面にはそれぞれの経歴と名前が流れた。

江川はそれを見ながら「これって誰が勝ち上がってくるかわからないのに20人と助手の20人分が用意されていたの?」と口をポカンと開けたまま見ていたが自分の顔が映し出されて慌てて口を閉じた。

「それではこれまでの試合の様子を順にご覧頂きましょう」

まず1番目の試合では、各選手が生地を作って分割している所が映し出された、その後江川達が出て行ったその後、那須田と佐々木が生地を計量している所が映し出された。

画面にその時の3人の点数が出た。

鷲羽が10点、江川が10点、佐久間が9点

あ、これってまだ勝敗が決まった訳じゃないんだ、これから点数が出るんだ。

もう負けたと思っていた江川はほっとした。

安藤が内訳を説明した「この時の10人の合格者は全員※焼減率を計算していました、私もよくわかっておりませんが、バゲットの焼減率が約22%として計算して焼き上がりが250gになるように計算した者だけが合格だそうです。皆さんの作ったパンは北麦パンの佐々木シェフが成形、焼成してくれましたーっ!」そういって手で指した方から佐々木が200本程のバゲットを台に乗せて運んできた。

今佐々木が運んで来たそれが目の前にある、焼き立てのバゲットだ。

江川は自分の読みが合っていてまたほっとした。

自分の読みが合っていてまたほっとした。

「次に2番目の試合の説明を行いまーす。秤無しで100g分割は五感を研ぎ澄まして手を動かす、正確さとスピードを競い合うのです!正解は98個!中には100個ちょうどじゃないかと100個にするために分割したものから少しずつ足した選手もいましたが、あー残念!惜しかったですねえ」

点数がでた。

鷲羽10点、江川10点、佐久間10点

「こちら文句無く勝ち上がってきた皆さんという事で満点です!流石です」

その時の生地は那須田が成形して凄い量の焼き立てを運んで来た。

圧巻のバゲットとブールを見てワーッと満場の拍手が沸き起こった。

「こちら皆さんへのお土産になっておりますのでお帰りには忘れずにお持ち下さい!」と、安藤がパンを指してから説明を続けた「さて、1回目は経験値、2回目は正確さとすると3回目は体力勝負です」

モニターに各選手が生地をケースに移している所が次々に映されていく。

「いやいや凄い迫力ですね、こちらの判定は時間内での生地の移し方もそうですが、ボールに生地が残っていなかった方が合格だったそうです。

江川はそれを聞いて「そうか、普段はナイフでカットしながら生地を移すけど今回は時間がないから手に巻きつけるように全体を持ち上げたんだ、その後カードでひと回し生地を取って行ったのが良かったんだ」そう思っていると、点数が出た。

鷲羽10点、江川6点、佐久間8点

今度はベッカライボーゲルネストの鳥井が食パンを焼きあげて来た。

会場にそれぞれのパンのいい香りがする。自分たちが持って帰るので拍手にも熱が篭る。

スタッフが手分けしてお土産のパンを袋に入れだした。

ーーーー

ところで

大坂は何日か前に修造から試合会場で江川の手助けをする様に言われていて、なんだか凄く気持ちが高揚していた。

一大事だ

人生の大勝負だ

実際自分が失敗して江川の足を引っ張るわけにはいかない。

そこで江川に黙って色々と練習を重ねていたが中々上手くいかない。

その日立花は仕事終わりにいつもの町中華屋に来ていた。

食べ終えた頃、大坂が入って来た。「大坂君」「あ、立花さん」

「どうしたの?なんだか疲れてない?」

「それが、、内緒だけど修造さんから『パン職人NO.1決定戦』って番組で江川さんが勝ち進んだら俺が助手をする事になって」

「何の助手をするの?」

「タルテイーヌらしいんです。だから俺野菜の切り出しとか練習してるんですが、一体どんな物を作るのか検討もつかなくて」

「まだ何を作るのかは分からないのね」

「はい、現場で作ると思います。江川さんも何も知らされないで出場するんです」

「じゃあタルテイーヌの作業を一から練習しましょうよ。まずは切り出しやソース作りからね」

「えっ?しましょうよって事は立花さんが一緒にって事?」

「良いわよ、以前レストランで働いてたから江川さんの役に立てるかも」

江川さん?と思ったが喜んで手伝ってもらう事に。

急に食欲が湧いてきて運ばれてきたチャーハンをモリモリ食べている大坂を立花は微笑ましい目で見ていた。

次の日から就業後に2人でいろんな調理の練習を開始する。

「ソースってどんなのがありますかね」とパプリカを同じ太さにカットする練習をしながら聞いた。

「クリームチーズにナッツを使ったソースとか、アボガドやリコッタチーズベースの物はどうかしら。フルーツベースもいいわね」と何種類かのソースを2人で練習する。

「タルテイーヌってね塗ったものって言う意味があってね、そもそもこれに使うのは粘性っていうか塗りやすい物を使うの。だからソースもパンに水分が染み込みすぎたり乗りにくかったりしない物を選ぶのよ」

「はい」

「今日は煮詰める練習をしましょう。水分を飛ばして濃厚な風味を出すの」

そう言いながら立花の脳裏にかって同じ職場で藤岡に同じように仕事を教えていた時の事が蘇り、慌てて蓋をする。一瞬目を瞑った後、手鍋を木杓子でかき混ぜる手を早めた。

次の日も切り出しやソース作りの練習する。

「今日はフルーツソースを練習してみましょう」

「甘いんですか」

「香りが良くて肉料理にも合うのよ。オレンジやキウイ、りんご、レモンとかの色んなものがあるわ」

「江川さんはどんなものを作るんですかね。勝ち進んだらの話ですけど」

「先にパターンを考えておくのも良いわね、食材に合わせてソースを提案したら良いかも」

「それは良いですね、俺パターンを考えてみます」

ーーーー

そして試合当日

大坂はタルテイーヌの食材を前にして園部、大坂、森岡や他の助手は自分のペアを組む選手が来るまで20人で待っていたがどんどん脱落した選手の助手達ががっかりして帰っていく中心細かった。

園部はじっと黙ったままだったが食材の方をじっと見ているので「あ、何処に何があるのか覚えてるのかな?」と思い自分も順番に食材を見ていった。

とうとう選手の鷲羽と佐久間が入ってきた!そして3番目に足を引きずって入って来た江川を見て心強かった「江川さん」「大坂君どうして」

とにかく選手が来たら早くタルテイーヌを仕上げる様にと修造に言われていたので「話は後ですよ江川さん」と江川を促した。

具材を選んでソースを作って捻挫した足を痛がる江川と作ったものがこれだ

江川らしい華やかな色合いのタルテイーヌだ

材料選びの時に江川がローストポークを選んだので、大坂はここぞとばかりにフルーツソースを推した。

江川がポークとソースの組み合わせを元にトッピングを考えたので急いで掻き集めて準備を始めた。

まずソースはフォンドボーにオレンジの果汁を入れて少し焦がす。ハチミツとと洋酒を入れて煮詰めた後バターを最後に入れる。

カンパーニュに薄くクリームチーズを薄く塗りローストポークの薄切りと、後はカラフルさを出す為に四角くカットした紫キャベツ、黄色いミニトマト、赤いビーツ、を配しソースを振る。トッピングにデイルとカットしたオレンジで華やかさを添える。

そして鷲羽は

濃厚なオランデーズソース(卵・バター・レモン汁)に海老のポシェ(ボイル)を使ったもので、カンパーニュに海老を並べ、両側にバターで炒めたエシャロット、茹でたうずらの輪切り、栗のみじん切り、そしてその上にハーブとカッテージチーズを散らした。フランスのカフェで食べたものを組み合わせた

最後に佐久間は薄切りのラムショートロインハムを使った

ソースはハリッサソース

チュニジア発祥のソースでトマト、香味野菜、オリーブオイル、塩、スパイス。それにマヨネーズを少し加えてまろやかにしてレモン果汁を少し加えてパンに塗った後、ラムショートロインハム、紫玉ねぎ、ズッキーニ、パプリカ、キャロットラペの上にヨーグルトソースを振りかけてパクチーを乗せた。個性を出したものになった。

作ったパンは素早く選手別に並べられて50人の観客の審査が始まった。タルテイーヌを3個とも味見して3、2、1と点数をつけていく。

勿論美味しかった物が3だ。

審査の間3組は立ってその様子をじっと見ていた。

自分達の勝負がかかっている。

人々が自分の考えて作ったパンをどんな顔をして食べてるのかを。

「どの人も美味しそうな顔してるな」

「俺のが1番美味しいって」

「私達が作ったものよね、早太郎」

江川は不安だったが司会の横にいる修造を見ていた。

修造さんが俺を信じろって言ったんだ。

僕今日は修造さんが教えてくれた事を思い出しながらここまで進んできたんだからこれでいいよね。

審査員達に紛れて御馴染み大木と鳥井も試食をしていたがそこに佐々木、那須田も集まって来た、そしてその後ろにいた背の高い男に皆話しかけていた。那須田と佐々木はその男を「先生」と呼んでいた。前回の「パン王者選手権」同様デイレクターの四角に頼まれてこの男が全選手をアテンドしていたのだ。大木は後に立っていたその男の方を向いて「隠れてんじゃねえよ」と言っていた。

「ふふふ良いじゃない、ライトのおかげでこっちからはよく見えるんだから」そう言ってニヤリと笑った。

そう、ライトに照らされて6人はとうとう結果発表を見る。

今までの合計は

鷲羽 30点

江川 26点

佐久間 27点

そこに投票者の点数が1人1点で加算される。

突然大きな音楽が鳴って安藤が雄叫びをあげた

「さあーっいよいよ集計結果が出ましたーーっ!結果発表ーーっ」

デレデレデレデレデレドーーーン!!!

鷲羽 46点

江川 45点

佐久間 42点

「やった!俺の!俺様の勝ちだ!初めてお前にかったぞ江川!これが俺の実力だ!凄いな俺!やっぱフランスで修行して来たおかげだな。この調子で約束通り大木シェフの所に帰って園部と世界大会を目指すぞ」

ハハハハと笑う鷲羽の声を聞いて大坂が「よくしゃべりますね」と江川に言った。

江川は苦笑いしたが鷲羽と園部に向かって言った「2人とも頑張ってね、ねえフランスの学校はどうだったの」

「それは」と言いかけて鷲羽は急に言うのを止めた「いずれまたお前と戦うんだ、お前には教えてやらん!」と首に手を当ててから大きなジェスチャーでシッシッと追い払う仕草をしてきた。

「なんだよぅ鷲羽君のケチ」悔しそうな江川に「フン!またな、江川」そう言って鷲羽は園部と2人で去って行った。

収録も終わり、パンのお土産がいっぱい入ったバッグをぶら下げて帰る観客の真ん中を歩きながら「鷲羽はきっと世界を目指せるな」と言いながら大木は背の高い男に聞いた「おいお前は誰に投票した?」

「うん、ハチミツと洋酒の量が正解だったよね」

ーーーー

江川は修造に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

首を項垂れて次の日出社した。

「江川さんテレビ見ましたよ、あれ作って下さいよ」

「美味しそうだった」

「お疲れ様でした」など工房のみんなが囲んで声を掛けてくれたが心は晴れない。

大坂だけが立花に「フルーツソースが上手くいって良かったわね」と言われて有頂天になった。

江川は修造に会うために事務所のある2階への階段を足取り重く登った。

「修造さん」

「江川、昨日はお疲れさん」

「僕負けちゃいました」

「江川、秤なしでちゃんと生地ができた。ちゃんと98分割にできた。生地を取り出せた。美味いタルテイーヌが作れた。お前のタルテイーヌが1位だった。なんか文句あるか」

それを聞いて江川のモヤモヤは吹き飛んだ。

「1位は鷲羽にプレゼントしてやれ」

おわり

タルテイーヌはフランス式オープンサンドイッチ、焼き込みやスモーブロー風など様々なトッピングやパンを楽しめます。今回は3組の個性に合わせてトッピングを考えてみました。イラストは高さを陰影で出すのに乗算とハイライトを使いました。

パン屋さんはパンを作る時に沢山の事を考えています、水の量、温度、湿度、発酵具合、他の生地との時間の兼ね合い、人の配置、休憩時間の采配、お客さんの出入りとパンの製造量の増減、仕入れと消耗品の管理、支払い、シフトの事、事務の事、店のSNS、そして常に人間関係が付きまといます。毎日取り組んでいくうちに徐々に慣れてきて出来る事が分かってきたり他の人にやって貰ったりして日々を乗り切っていくのです。修造は江川という唯一無二の存在に助けられていくうちにある決心をします。そのお話はもう少し後になります。

焼減率とは(分割重量ー焼いた後のパンの重さ)÷分割重量×100

※焼減率=焼成時に(パンを焼くと時に)水分が蒸発するなどしてパンの重量が減る率の事。バゲットの焼減率は22%、計算の方法は(焼く前の生地の重さ−焼いた後のパンの重量)÷焼く前の生地の重さ×100

このお話では焼き上がった時が250gでというお題だったので、焼減率を計算した者の中からより正確だった者が勝ちだった。

250×1.22=305

一般にバゲットの重さは300〜400g
フランスでは350gと決まっている。
計算上は287gに焼き上がるのが理想。
ここでは分かりやすいように250gに。

※北海道の北麦パンの佐々木は修造がパン職人の選考会で戦った相手
新潟のフーランジェリータカユキの那須田は修造の憧れのシェフだ
修造は知らなかったがある人物によって皆裏で繋がっている。

49やのやのやのと見習いの俺

やのやのやのと見習いの俺

最悪の夜だった母親が男と出て行ったその日

俺、間光太郎は義理の父親と狭いアパートに取り残された。

深夜1時

「高校は辞めてきたんだろうな」

「ああ」

「お前みたいな奴顔を見るのもうんざりなんだよ、あいつは何処の男と出て行ったのか本当に知らないのか」

「知らねえよ」

義理の父、間廣記は俺の胸ぐらを掴んで頬に二発パンチを繰り出した。

「働き先を見つけてるから申し込め。受け子だよ、受け子。それとも臓器を売り飛ばすか。お前なんて生きてても仕方ないんだから、死んで俺の役に立つのも悪くない。お前の母親もクズの男と出て行きやがって。クズ親子めが」

「クズはお前だろ、俺はそんなバイトやらねえから、死ぬのも嫌だね」そう言って廣記の腕を振り解いた。

「何!口答えしやがって」

廣記はいつになくしつこく俺を殴った。

これ以上殴られると死ぬ、そう思った俺は肘でパンチを弾いて足を蹴り飛ばし、アパートから飛び出した。階段を駆け降りて振り向くと廣記は追いかけて来ていた。

「待て!このガキ」

「やばい」

捕まったら叩きのめされる、そう思う様な形相で追ってくる義理の父親から逃れる為に暗い夜道を走った。

はあ

はあ

息を切らせて振り向くと廣記はあと数メートルの所まで来ていた。

全力で走って狭い小路に入る。自分に当たりそうになったゴミ箱を倒してまた逃げた。走っていると段々道幅が狭くなって行く。

「このままだと捕まる」一軒だけ灯りの付いている家の裏口が少し開いている。ガタガタのボロい木の引き戸を開けて急いで鍵を閉めた。

はあ

はあ

はあ

息を潜めようとしてもどうしようもない。口に手をやって入り口から見えない左手の部屋に入った。

電気の消えたその部屋はどうやら台所らしい、その横は階段だ。

その様子を奥にある電気の着いた部屋から見ていた五十歳ぐらいのおっさんがいた。

訝しそうに見ている。

俺はシーっと人差し指を口に当てて『静かに』のジェスチャーをした。

廣記が通り過ぎたら反対側に逃げるつもりだった。

廣記の足音が聞こえてきた。

通り過ぎて行く音を聞いて、この音が聞こえなくなったらすぐに飛び出す。

と思っていたら足音は引き返してきた。

廣記が扉をガチャガチャ動かしたり叩いたりして「開けろ!開けろ!」と騒いでいる。

奥からおっさんが出てきた。じっと俺を観察しながら横を通り過ぎ、扉を開けた。

「ここにガキが隠れてるだろ!この道の先は行き止まりじゃねえか」大きな廣記の声に身をすくめて見えない様に壁にぴったり張り付いた。

おっさんは「なんだおめえは!こんな時間に」と語気を強めて言った。

「見せて貰うぞ」と廣記が勝手に入ってこようとするのを制止したのかドン!と壁が震える。

「いたたた」

廣記の痛がる声が聞こえる。

「ここにいるのはワシ一人だ。分かったらさっさと他所へ行け」

廣記は俺には暴力を振るうが、身体も細く、いつも何かに怯えている。一方おっさんは肩と腕の筋肉がモリモリだった。

揉み合っても勝てそうにないのか、廣記は「わかったよ」と言って腕を振り払い出て行った。

他を探す為か急いで遠ざかる足音を聞いて、俺はその場に座り込んだ。

おっさんはタオルを持ってきて「すぐ出ていけよ」と渡して奥の部屋に戻った。

俺は顔についた鼻血を拭きながら黙って頷き、座って奥の部屋に目をやった。

古びた建物の古びた部屋には、見慣れない機械が狭い空間に置いてある。

ウンウンウンウンという連続音が聞こえてくる。

おっさんは部屋の真ん中の平たい台の上にプラスチックの大きな箱から何か出して、それを右手に持った金属のもので切り分け出した。

あ、あれパンの生地なのかな。

全て同じ大きさに分けたあと、太い両手で丸めて箱に入れ、その箱がいっぱいになるとまた次の箱へ入れて行くのを見てるうちに猛烈に眠くなってくる。

時計に目をやるともう4時だ。連続音を聞いてるうちに目を閉じてしまう。

ーーーー

バン!

という金属の音がして目が覚めた。

どうやらここは昨日隠れていた台所の横にある六畳間の様で、仏壇やら箪笥が置いてある。

「八時か」

俺の身体には布団が掛けられていた。

しばらくそのままで何度か続くバン!という音を聞きながら「これからどうしよう」と考える。

母親はどこに行ったのかわからない。廣記に見つかると面倒だ。頼れる親戚も友達もない、学校は辞めてしまった。

「最悪だ」

しばらくするとおっさんが覗きにきた。

「起きたのか?洗面所は階段の奥だ、顔を洗ってこい。朝飯を置いといてやる」

俺は返事をせずに洗面台に行く。

戻ってくるとちゃぶ台にパンがニつと牛乳が置いてある。

俺はパンは給食のパンしか知らないが、これはフワフワのいい香りがする。

俺は一つ目のパンを手に取った。

パンにチーズが巻いてある。

「うま」

俺は貪る様に食った。

もう一つのパンに手を伸ばす。

「柔らか」

プルプルと揺れるパンをニつに割るとクリームがこぼれてくる。

ああ

なんていい香りなんだ。

割れた所のクリームを啜ってパンを端から食べて行く。

「なんだこれは」

安堵と優しさに包まれて涙が溢れる。

「美味い」

この空間の安堵感はなんだ、昨日までいた所となんて違いだ。

食い終えて俺はパンを作っている所を廊下から覗きに行った。

パンを作る部屋の向こうに2畳ぐらいの狭い売り場がある。

昨日は気がつかなかったが表は市街地に近い通りなんだな。

「この道の裏だったのか」

「ん?なんか言ったか?もう行くのか?」おっさんが俺の声に気がついた。

「俺外に出るのが怖いんだ」

「昨日のひ弱そうな奴の事か?あいつはなんなんだ」

「俺の義理の親だよ。実の母親は他所の男と逃げたんだ」

「なんで追いかけられてた」

「俺の臓器を売り飛ばすって言ってたな」

「それで逃げてきたのか」

俺は頷いた。外に出るのが怖いのは本心だし出来ればもうニ度と廣記には会いたくない。

「大人だから分かると思うけど、こんな時どうしたら良いの?」

「えっ俺に聞くのかよ?お前歳はなんぼなんだ」

「十七」

「そうだな、警察に言う、一応義理の父親が取り調べられるがすぐ帰ってくる。お前は一時保護されるがそのうちに優しい義理のお父さんの所に帰れるだろうよ」

「冗談じゃねえよ」

「後一年すりゃ十八歳だろ、すぐ大人じゃねえか、友達の家にでも隠れておけよ」

「友達なんかいないよ、、そうだここは?作業員募集中?」

「迷い込んできて厚かましいな。それに此処はそのうちやめるつもりなんだ」

「あと一年はやってる?」

「さあな」

ーーーーー

閉業のその日まで働くという約束で俺はここ、矢野屋に隠れて過ごす事にした。

できるだけ表に出ないで奥の方で手伝う事にしたい。

おっさんの名前は矢野寛吉。今年で五十五歳だそうだ。

五十五歳って今時はまだまだ働けるんじゃないのかな。

寛吉は、この矢野屋というパン屋を若い時からやってたらしい。

朝はと言うか、夜は一時から仕事している。そういえば俺が逃げ込んだ時も夜中だった。

それからあのバンという音は食パンを出す時に寛吉が台の上に食パン型を叩き付ける音だった。

その後色んなパンを一人で作って八時に店を開ける。

ラッキーな事に店の前には矢野屋の暖簾がかかっていて外からはショーケースは見えてもその上はよく見えない。

パンを作り終えたら明日の準備をしながら店番をして夕方閉店。

いつ寝てるんだろう。

俺の仕事は生地作り以外の事をやるって感じだ。

「俺が良いと言うまでこの鍋をかき混ぜるんだ」
「うん」

ホイッパーというかき混ぜ器で大きなボールの中の物をまぜ続ける。

「それをこれで漉すんだ」

大きな漉し器をバットの上置いてクリームをヘラで漉して滑らかにする。

「あ!これがクリームパンの中身?」

「そうだよ」

「あちち」

「気をつけろよ」

こんな風に寛吉の言う通りにやらないと全部の作業のやることやタイミングが全くわからない事だらけ。

計量の作業も種類によって全然量が違っていて間違えると膨らまなかったり、めちゃめちゃ膨らんで麩みたいにスカスカになる。

「また塩の量を間違えてるじゃないか」寛吉が計り直してる。

こんな事はしょっちゅうだ。

「兎に角計量を間違えるとまともなパンにはならないんだな」

それは分かった。

俺はなるべく紙に書いてある通りに計る様にした。

時々店の方で客がしつこく文句を言って、寛吉が宥めているがそれでもまだ言ってるのでついに寛吉の「分かったよ!全くしつけえな。もう帰れ」という声が聞こえる。

寛吉が客が見せて来た食べさしのカレーパンを持ってきて「おい、こりゃなんだ」と俺に言った。

「えっ」

「味が全然違うじゃねえか、マイルドなはずがメチャクチャ辛れえ」

あ、そういえば赤い色のスパイスを鍋に落として引き上げるときに随分溢れたっけ。

「あはは」

「全くお前は」

俺は矢野屋の売上にダメージを与えるような失敗をするが寛吉が俺にキレるような事はない。

ただ、俺への監視の目は厳しくなって、口やかましくはある。

ある日

寛吉は仕事と生活のリズムが狂って疲れると言って来た。

椅子に座って俺に指図していて、俺は俺のせいだという自覚はあるから黙って言われた通りにする。

店の方から客の呼ぶ声がする。

「おい、行って来い」

「えっ俺が?」

「お前しかいねえじゃねえか」

俺はまさかこのタイミングで廣記が現れる事はないだろうと思いつつも恐る恐る店に出る。

「いらっしゃい」

白い肌着を着た総白髪で75歳ぐらいのお爺が立っていた「お前か?いつも失敗ばっかりしてる奴は」

「え」俺は反省はしてはいるのでちょっと頭を下げた。

「何にしますか」

「コッペパンをくれ、それとカレーパンだ。今日はまともだろうな」

「多分」

「多分だと?お前みたいな良い加減なやつはやめちまえ!」

俺はその言葉を無視してコッペパンとカレーパンを包んで渡した。

お爺は「もう来ねえからな!」と代金を将棋の駒の様にピシャリと置いて出て行った。

ああ

本当に来ないのかな。

流石にしょげる。

戻ってきて元の作業をしているとまた客が来た。

今度は紺色に白地の花柄ワンピースのお婆だ、こっちは70歳ぐらい。

「食パンの八枚切りをおくれ」

「俺切った事なくて」

「そこのスライサーってやつがあるだろ?」

振り向くとそれっぽいのがある。

食パンを切る機械に食パンを乗せる。

「ここでいいのかな?」

「スイッチを上げるんだよ」

言われた通りにスイッチを上げると刃(は)がすごいスピードで回り出す。

「こわ」

「指を近づけるんじゃないよ」

「うん」

食パンを乗せて刃の方に押す様に言われるので押してみる。

八枚?

八回押すと刀の隙間から食パンがポロポロ出てきて横に転がってきたのでそれを纏めて袋に入れた。

「何だいこりゃ!」確かにおかしいのは分かる。

ニ斤分はあるし上を向いてるのもあれば下を向いてるのもある。

お婆も将棋の駒の様にお金を置いて「バカだねあんた!もう来ないからね」

と言って出ていった。

一日にニ人も客を失う。

俺はひょっとしたら物凄い役立たずだったのかも知れない。

戻ると寛吉は立ち上がってパンを焼いていた。

「ニ人ももう来ないって」

寛吉は笑って「いい経験になるから今度は気をつけりゃいいんだよ」と言ってスライサーの使い方を教えてくれた。

一番初めに切ったパンの耳の上に、次に切ったパンを置く

勿論目盛ってものがある。

四枚切りとか五枚切りとか違うんだ。

「知らなかったな」俺はハンドルを回して五枚切りの目盛に合わせてから食パンを五枚切って袋に入れた。

見習いには次々やる事がある。

「おい、このカレーパンを揚げてみろ」

「うん」

「油に入れたらすぐ裏返して、泡を箸の先で潰して裏返して、良い色になったら両面の色を揃えて揚げるんだ」

「え?はいはい」俺は一応寛吉のやっている動作を見てはいたが、うろ覚えとはこの事だし、予想外の動きをカレーパンがする。

クルン

勝手に裏返る

おいおい

それを集中して裏返してると

また他の奴が勝手に裏返る。

「何だよ」

そうこうしてるうちに両面の色が全然変わってしまった。

「何だこりゃ」寛吉もカレーパンを見てびっくりしていた。

「油に入れる時に変な風に掴んだな?」

「そうかも」

これがいつか上手く揚げられる様になる日が来るとは到底思えない。

次にカレーパンを揚げた時にはカレーパンがフワ〜っと膨らんだと思うと真ん中から隙間ができて裏返った。

「え」

すると中身が出てきて跳ね出した。

バチバチバチィバチッ

「うわ」

中身が全部出てきてそれが全体に広がって他のカレーパンに焦げが沢山ついた。

「あーあ、お前の煮込んだルーが緩かったんだよ。原因があって結果があるんだ」

え!俺がカレーをいい感じに煮詰めていれば弾ける事はなかった?

「知らなかったな」

次の時

カレールーの炊き具合を寛吉に見て貰う。

「このぐらいの煮込み具合を覚えとけよ」

「うん」

次の日カレーパンを揚げていると、店からこないだのお爺とお婆が寛吉と談笑している声がする。

「何だまた来てるのか」俺はほっとした。

トレーに揚げたてのカレーパンを乗せて店に持って行く。

「おっ新入り!美味そうに揚げたな」お爺が「これをくれ」と言ったのでお婆も「私も、孫の分もおくれよ」と寛吉に言った。

俺はこの時初めて自分で作った物を人に売ることの意味が薄っすら分かった気がする。

その日の寝る前

俺は布団の中でもう来ないと言ったくせにまた来てる人達のことが不思議で、その事について考えていた。

「ああ、そうか」

俺のやった事が嫌だっただけで店やおっさんが嫌なわけじゃないんだな。

人の心って不思議だな。

次の朝もバンという音で目が覚める。

俺は身支度をしてパンを作る部屋、つまり作業場に入る。

「おい、これを塗ってみろ」

俺は液卵を塗る刷毛を手にとった。

オーブンに入れる前の発酵したパン生地は、捏ね終わった時の生地とはまるで違うがそれが何でかは俺は知らない。

プルンプルンになった生地に刷毛で卵を塗るんんだが、刷毛の角が当たるとパンがへこんでしまう。

「ああ」

「早く塗らないと次のパンの順番が詰まってくるだろうが」

「うん」

そうは言ってもひとつの天板に十五個載っているパンが八枚あるんだから百二十個じゃないか!

俺はパンを潰さない様に必死で息を詰めて塗っていった。

四枚できたら寛吉は急いでオーブンに入れた。

こんな大変な作業素早くできるもんか。

ふうふう

「できたか?」

「うん」

寛吉はパンを全てオーブンに入れてやがてそれが焼き上がる。

当然の事だが卵の塗り方がムラムラだ。

「ここは刷毛に卵をつけ過ぎ、ここは薄過ぎ」と寛吉が指差していった。

「うん」

次はクリームパンに卵を塗る番だ。

さっきみたいにならない様に、寛吉の見本の通りに刷毛に卵を含ませて何個かの生地にてんてんてんとつけて量を均等にしてそれを塗り広げていく。

「そうそう」寛吉が言った。

塗りながら、寛吉は俺のコーチなんだ。って思う。

「おっさんはパン屋さんになって何年?」

「三十二年だよ」

「長えな、そんなにやってて飽きないのかよ」

「もうやめようもうやめようと思いながら随分立っちまったもんだ、うちの客は増えも減りもしねえ、ずっと俺の所のパンが食生活の一部なんだ。一緒に年をとってるのさ。そう思うと中々踏ん切りがつかなかったな」

「ふーん、一番楽しかった事は何?」

「さあな」

「じゃあ一番辛かったことは?」

寛吉はその質問には答えなかった。

「おい、この鉄板を拭いとけよ」

「うん」

寛吉は店に行って椅子に座ったまま腕組みをしてじっと何かに囚われた感じになった。

「何だよ」もう今の質問はしない方がいい、鉄板を拭きながら俺はそう思った。

寛吉は晩飯を食った後、たまに仏壇の前でぼーっとしてるけどその時と同じだな。

ーーーー

俺がここに来て三ヶ月が経った。まだ廣記から隠れて、外に見えない様に隠れて暮らしていた。

ただ、最近は店を開けたり閉めたりする時に外に出たりする。

「初めに比べりゃ随分マシになったもんだ」俺の液卵塗りを見ながら寛吉が言った。

「今日から生地の仕込みを少しずつ教えてやる」

「えっ」

そんな大事な事をやって大丈夫なんだろうか?ただでさえ数々のダメージをこの店に与えてたのに。

俺はビビったが先に進みたい気持ちもある。

コーチである寛吉の動きを観察する日々、言われた通りにやろうと言う気持ちはある。

「クロワッサンの生地の捏ね方を見ておけよ」

「うん」

「後でロールインするからあまり捏ねちゃいけないんだ。グルテンを出しすぎない様にな」

ロールイン?

グルテン?

何だそりゃ

不思議に思いながらも見よう見真似でやっていく。

「生地が固いと思ったら足し水をやってみろ」

「え?」

ドバッと入れっちゃった。

「あっ足し水ってのはちょっとずつ様子を見ながら入れるんだよ」

「え?」

俺は水を入れすぎたらしい。寛吉はドロドロになったその生地をミキサーから出した。

「新しく作るからもう一回計ってこい」

「うん」

俺は計量の重要性について今ではよく分かってるので慎重に計ってもう一度ミキサーに入れた。

初めは低速、その後中速にレバーを動かす。

一旦ミキサーを止めて生地をまとめる薄いプラスチックのカードでかき集める。

「まだ固いな、よく見ておけよ」

「うん」

ちょっと水を入れて様子を見る。そうやって理想の固さにしていく。

「触ってみろ」

「うん」

寛吉のバゲットはパリっとエッジが効いている。

俺のはスジがついているだけ。


「お前のカットは刃が立ってるんだよ、次は寝かせて皮を削ぐように切ってみろ」そう言ってサッサッと切って見せた。

ザ・天下一見よう見真似。

コーチ寛吉の動きを真似る。

「今度は少しマシになってるじゃないか、まあ練習だな。間隔を同じに保てよ」

「うん」

日々進歩

俺は毎日少しずつマシになっている。



慣れと言うのは油断とも言うのか、寛吉が手を離せない時は徐々に店番もする俺。

店には毎日色んな客が来る。

あのお爺は相川、お婆は土山というらしい、他にも近所のお母さんと赤ちゃん。毎朝同じ時間に来るサラリーマンなど、確かに同じメンバーが買いに来る。



暖簾の隙間から通りを見ていると、廣記が外を歩いている。

「やば」慌てて隠れたが廣記はこちらに気がついていないし、この建物の裏があの道とは知らないんじゃないかな。

「バカなやつだ」

ーーーー

俺はアパートから逃げ出してから今日までの五ヶ月間矢野屋のコーチと過ごして、なんとなくこの仕事が気に入ってきた。

寛吉の方を見てみるとバゲットのカットが始まる所だった「俺にやらして」と言うと寛吉はカミソリをパンにスッスッと滑らせた「やってみろ」

「うん」日々これ勉強。ついにコーチ寛吉の動きをマスターした。

「いいのが出来たじゃないか」

褒められた!単純に嬉しい。俺はバゲットを高々と持ち上げた「やったー」

俺の上達と逆に寛吉は腰痛がたまに出る様になってきた。

「いたた」

と言うわけでコーチは椅子に座りながら店番をして、奥の部屋の俺に指図する毎日。

とはいえ寛吉は深夜から仕事を開始して、俺はあのバンと言う音で目が覚める。

「なんで食パンのケースを台に叩きつけんの?」

「焼けたあと、このままにしておくと中の蒸気でパンが腰折れするから、ショックを与えて蒸気を逃がすのよ」

「へー」

「試しにひとつこのまま置いておいてやる」

出来の悪い見習いの為に実験用に置いておいた食パンは確かに真ん中にスジが入り片側に折れてきた。ソフトで水分を含んでる気がする。

「知らなかったな」

ある日寛吉と俺は朝から生地作りをして焼いて袋に詰めたり並べたりしていた。

「いたた」寛吉が椅子に座った。

「腰が痛いのかよ」

「今日保育園の配達があるから行ってきてくれよ」

「えっ廣記に見つかったらどうするの?」

「そんときゃあ逃げろよ。まいて帰ってこいよ」

俺は帽子を目深に被りマスクをして裏口に止めてあった自転車を持ってきた。

荷台にパンの箱を積んでゴム紐で結んだ。

配達の間もずっとキョロキョロしていたが無事保育園に到着。

「暑いな」

パンの箱を抱えて園庭の真ん中を横切ると子供達が寄って来た。

「やのやのやのは?」

「ねぇ、やのやのやのは」と口々に言ってくる。

「やのやのやの?」何だそれは、と思ってると奥の調理場にたどり着く。

狭い調理室に給食のおばちゃん達がひしめき合って昼食の用意をしている。

「配達に来ました」

俺は手前の台の上にパン箱を置いて帰ろうとした。

「ちょっとあんた」なんだかものすごく迫力のあるおばさんに声をかけられる。

きっとここのボスだ。俺はなんとなくそんな気がした。

こわ。

「パンの箱が嵩張るから持ってお帰り」

「中のパンは?」と聞こうとする前におばさんはパンをくるんでいる大きめのシートごとパンを箱から出した。そして端を結んで台の下にほりこんだ。

「あっ」驚いて見ていると、三箱分全部を同じ感じで重ねて台の下に入れた。

焼き立てパンをそんな風に雑に扱うとは!しかも下の方はペチャンコじゃないか!

俺は驚いて「朝早くから」と言った。

「は?」聞き返すおばさんに「朝早くからおっさんが作ってるのにそんなに雑に扱うなんて!」

「置くところが無いんだから仕方ないじゃないか!」

「無ければ作ったらいいだろ?子供達が食べるんだぞ」周りの人達はハラハラしている。

そのうちに園長達先生も教室から出てきた「何事?」

「こんな生意気な配達が来るところなんか出入り禁止だよ!明日から違うパン屋でとるからね」

おれは『こっちから願い下げだ!』と言う言葉と、寛吉になんて言ったら良いんだの二つが出てきてモゴモゴした。


戻った後寛吉に「給食のおばさんを怒らせた」と顛末を話した。

寛吉はみるみるがっかりしていく。

「給食のおばさんが出入り禁止にするなんて行き過ぎだ。なんの権限があるんだ」俺はまだ腹が立っていた。

「あの保育園ではな、調理場のおばさんの方がキャリアも長くて偉いのさ。園長も気を悪くさせないようにしているぐらいだしな」

俺が黙って首を項垂れてると

「謝ってこい」と寛吉が促した。

「いやだよ」

「お前は悪い奴じゃねえ、謝り方を知らねえだけなんだよ」

「おっさんが作ったパンをあんな雑に扱うなんて、それを食べる子供達も可哀想だろ」

「まあな、だけどうちのパンじゃなきゃダメなんだよ」

「何で」

「そりゃあな、あんな小さな頃に食べたパンを大人になっても覚えてるもんだからだよ。だから安心安全な物でなきゃダメなんだよ」

なんだか自分のパンが世界一みたいな言い回しだが、確かにおっさんのコッペパンは美味いし、材料にも気を配っている。

それに給食のパンって結構味を覚えてるよな。

「記憶に残るパンは美味しいものであって欲しい」俺は悟った。

「だろ?だから行ってこい」

そう言われると仕方ない、俺はイヤイヤ自転車を漕いであの保育園のチャイムを押した。

「はーい」インターホンから声がする。

「あの、パン屋です、矢野屋です。給食室に用があります」

「ああ、今朝の。今開けますね」

カチャッとドアの鍵が開いた。

閉じるとまた自動で鍵がかかる。俺は後ろのカチャッという音に押されて、園庭を歩く。

今はお昼寝の時間なのか各教室のカーテンが閉まっている。

調理場への道をスリッパに履き替えてノロノロ歩き出した。

「あの」

調理場の人達は忙しそうに洗い物や片付けをしていた。ボスと目が合う。

「なんだい!出入り禁止って言ったろ!」

ボスが前のめりに言った。

俺は謝りたくないけど、おっさんの顔を思い出して謝るまで帰れないのでじっと立っていた。

「矢野さんが謝ってこいって言ったんだろ」おばちゃんは廊下に出てきて俺の前に立った。

俺は頷いた。

「あの、すんませんでした。おっさん、朝早くからここのパンを準備してて、何時間もかかって安全安心な物をここの子供達の為に作ってるんで、それで、それを知ってるからカッとなったんです」

そう

「はーい」インターホンから声がする。

「あの、パン屋です、矢野屋です。給食室に用があります」

「ああ、今朝の。今開けますね」

カチャッとドアの鍵が開いた。

閉じるとまた自動で鍵がかかる。俺は後ろのカチャッという音に押されて、園庭を歩く。

今はお昼寝の時間なのか各教室のカーテンが閉まっている。

調理場への道をスリッパに履き替えてノロノロ歩き出した。

「あの」

調理場の人達は忙しそうに洗い物や片付けをしていた。ボスと目が合う。

「なんだい!出入り禁止って言ったろ!」

ボスが前のめりに言った。

俺は謝りたくないけど、おっさんの顔を思い出して謝るまで帰れないのでじっと立っていた。

「矢野さんが謝ってこいって言ったんだろ」おばちゃんは廊下に出てきて俺の前に立った。

俺は頷いた。

「あの、すんませんでした。おっさん、朝早くからここのパンを準備してて、何時間もかかって安全安心な物をここの子供達の為に作ってるんで、それで、それを知ってるからカッとなったんです」

初めて人に謝った。

「おっさんは言ってました『人によってはパンを物と思ってる者もいる、一旦渡したらこっちはどうこう言えねえのさ』そう言われました」

そう言って俺はおばちゃんの顔をじっと見た。できるだけじっと見た。

おばちゃんはバツが悪そうな顔をした。

「あの人はね、昔はもっと元気だったんだよ。子供を亡くしてね。それ以降もここに通って子供達の姿を眺めてたよ。嬉しそうな次には悲しそうな顔をするのさ。もう何年もそうやってたんだよ。あんたちょっとは矢野さんの事がわかってるんじゃないか。さっきは他の業者にするって言ったけど、せっかく謝りに来たんだから帰って『やっぱり矢野屋のパンが一番だ』って言っておくれ」

「うん」

「園長には私から言っとくよ」

俺はぺこっと頭を下げて帰った。

帰ってきて店の前に自転車を停めた。

店の前の暖簾に書いてある矢野屋の文字を見て「あっ」と思った。

「矢野屋の矢野!」やのやのやのって寛吉の事だったんだ。

俺はちょっと笑って中に入った。

「機嫌良いじゃないか、上手くいったのか?」

「うん、また矢野屋のパンにするってさ」

「そうか」

それ以降この話はしなかったが俺も寛吉の調子が良くない日や雨の日は配達する事にした。

しばらくはそんな日が続いた。

俺は出来ることが増えて来た。

今では粉に水を混ぜるとグルテンという伸びたり粘ったりするものができるし、酵母を入れると発酵しだす。そんな事もうっすら分かってきた。

そしてロールインとはバターのシートをクロワッサンやデニッシュの生地に挟んでシーターとかパイローラーとかいう機械で伸ばす事だ。

「見とけよ」

「うん」

「生地の硬さとバターの硬さを揃えろよ」

「うん」

寛吉は伸ばした生地にバターを挟んで伸ばし、それを折りたたんで向きを変え薄くなるまで伸ばした。

「こんな感じだ」

俺は生地にバターを挟んで下にある足踏みスイッチを踏んだ。

生地はガーッと言う音と共にそのまま下に落ちた。

「あ」

「何やってんだ、足踏みから足を浮かさないとそのまま動かした方向にグルグル回るんだ」

「知らなかったな」

もう一度やり直し。

俺は生地にバターを包んで、シーターを動かした。

生地は右に左に動く事に薄く伸ばされて行く。

それを2人で見ながらちょっと不思議な気持ちになる

「なんで怒んないの?こんなに失敗してるのに」

「お前はまだ若いんだ、失敗してもまた取り返せるってもんよ。取り戻せない様なことはまだ起きてないだろ」

「うん」


練習を繰り返す日々。

俺は多少進歩して、ある時ついに大発見をする。いや詳しくは人様がとっくに発見してることなんだが。

ひとつ目はついにバゲットのカットが上手く出来た事。

寛吉の言う通りカミソリの刃を傾むけて等間隔にリズムにのって切る。

すると見本の様なバゲットが「出来たーー」俺は両手で高々と掲げた。

「上手く出来たな」と寛吉も言ってくれた。

何だか嬉しそう。

ふたつ目はグルテンと発酵の事が分かった瞬間。

「イーストがガスを作って、パンの骨格を支えるグルテンってやつが気泡を作って、そのどっちもが上手く行ってはじめてちゃんとしたパンになるんだ」俺はケースの中の生地がどんどん大きくなってよく見ると気泡が大きくなって行くのを見つけた。そりゃ前から寛吉にグルテンの説明は聞いてたけど、気泡の事は気づいてたけど。

今日この日改めて分かったんだ。

「そうだ、伸びやかなグルテンの気泡に炭酸ガスとアルコールが作られて生地を膨らませる」と寛吉。

「その為に俺が条件を整えて捏ねてやらなけりゃならないんだ」俺は納得した。

「そう」

そうなってからは俺はパン作りが面白くなって行く。

色んな種類のパンがあって作り方があるんだ。

俺は様々な疑問が湧いて出て毎日寛吉に質問を続けた。

寛吉は嬉しそうだし、またいつもの様に寂しそうでもあった。

月曜日

俺は配達に行くところだった。

信号の所に自転車を停め青になるのを待っていた。

突然誰かが腕を掴んだ!俺は廣記と思って「うわ!」と叫んだ。

「光太郎、探したわよ」

「あ、母さん、何で?」

「ずっと探してたのよ。ここら辺で見かけたって人がいてね」

そうなんだ、油断は禁物。

「今どこにいるの?」

「母さんこそ今どこにいんの?」

「隣の街で藤縄って人と住んでるんだよ。お前を迎えに何度か来たんだけれど、あの男が乱暴でね、未だに離婚届に判を押さないしね」

「廣記の奴か」

「お前がどこにいるのか聞いてたから気をつけてね、これ私の連絡先」

連絡先を受け取る。

俺はスマホも持って出て来なかったので、電話は納品書に押してあった判子を見て矢野屋の番号を教えた。

「藤縄さんは良い人だから今度紹介するよ」

その言葉は廣記の時にも聞いた気がする。

「いやいいよ、俺配達の途中だからもう行くね」

母親は何度も俺に謝って帰って行った。


俺は寛吉に母親の事を話した。

「母親と一緒に住まねえのか」

「もうすぐ十八だし、俺ここで働いてるし」そう言いながら寛吉との約束は矢野屋閉店のその時までというのを思い出した。日々は早く流れ、いつの間にか半年が過ぎている。

寛吉も俺も閉店のその日の事は口にしない。

寛吉が楽なように力仕事や焼成は俺がやり、重い食パンの型は俺が用意する。


寛吉はよく晩酌の時つい飲み過ぎて食卓で寝てしまう事がある。

秋になり夜は寒い、俺は寛吉の部屋に布団を取りに行った。

ニ階には部屋が三つある。電気をつけて押入れのある部屋から布団を出す。

箪笥の上に目をやると、古い写真立てが置いてある。

寛吉と奥さんと小さい子供が店の前で写ってる写真や子供一人の写真だ。

若い頃の寛吉は今と違ってなんて言うのか輝いてるし勢いがある感じだった。

「家族が亡くなって一人になったんだな」

本棚のアルバムを探して勝手に開く。

子供の生まれた時の写真だ。命名翔太と書いてある紙と並んでいる子供の写真がある。翔太って言うんだな。色んな思い出を作りに色んな所に行ったんだ。ちょっと羨ましい。一歳の誕生日ケーキは大きいのを作ったんだな。俺はページをめくった。

だけどアルバムはそこで終わってた。

俺は一階に降りて寛吉に布団を掛けて、自分も布団に入って考え事をした。寛吉の辛い思い出について想像を巡らせたり、母親の離婚届の事、アパートに置いてきた俺のスマホや財布の入ったバックパック、いつまでも隠れ住んでる自分の事なんか。

寂しい寛吉の為に何かできないかな、でも俺がこんなに引きこもってたらダメな気がする。

「俺はひょっとして廣記と対決しなきゃいけないんじゃないのか」あんな奴と戸籍が繋がってるなんて冗談じゃない。だけど廣記の所に行って捕まったら元も子もないしなあ。

「対決か」

これを克服しないと俺は自由になれない気がする。遠くに逃げても追いかけてくるんじゃないかと心配だし。

生地を伸ばす長めの麺棒を背中に仕込んで行くかな。窮地の場合はそれで反撃だ。



火曜日の休みの日、寛吉に「俺は自分に決着をつけなきゃだめなんだ」と言って出かけた。

本当に背中に麺棒を入れて上着を羽織る。

もう夕方だ。

廣記の部屋に灯りがついてるのを確かめて安アパートの階段を音を立てずに登る。

廊下の小窓を少し開けて中を覗いた。

テレビの音や人のいる気配がする。

俺の心臓はうるさいぐらいドキドキと音を立てている。

入り口のドアの取手を回すと鍵はかかっていない、俺は静かに中に入った。

靴はいつでも逃げられる様に履いたままだ。

手が震える。

廣記は俺に背を向けてテレビの方を向いている。

今だ!俺は麺棒を振り下ろした。

「うわ」咄嗟に廣記が転がって横に逃げたので俺は麺棒を座布団にドスンと振り下ろす事になった。

「何しやがるてめえ!」

「おい!さっさと離婚しろ」俺はもう一度麺棒を構えた。

「離婚届を出せ!サインして印鑑を押せ」

「クソガキが!お前に指図はされねえ」廣記が語気を強めた。

仕方ない、俺はテーブルを思い切り叩いた「ガチャーン」という音が響く。

その時廣記が俺の腹にタックルしてきた。馬乗りになって殴りかかってくる。これじゃ前と同じじゃないか。そう思ったが、あれ?俺は廣記の手首を掴んだ、廣記は振り払おうとしたがビクともしない。俺の手はいつの間にか毎日のパン焼き生活で相当鍛えられたんだ。

腕と胸の筋肉が発達した。特に指の力が凄い。

廣記の手を捻ってギューっと押さえつけた「イタタタ」廣記が間抜けな声を出した。

耳元で言ってやった「俺は負けないぞ!早くしろ!」首根っこを掴んで離婚届を引き出しから出させた。

「早く書け」ほんと早くこいつと縁が切りたい一心でここまできて良かった。

書く寸前廣記がまた暴れ出した「しつこいな」もう一度首根っこを左右に振った「分かった、書くよ書く」字が震えている、俺も震える声を悟られない様に「今度会ったら叩きのめすからな」と耳元で凄んだ。

俺の鞄は箪笥の隙間に挟まれたままだった。中を覗くとスマホが見えた。

よし!これでもう用はない。部屋から出て行く瞬間が一番怖い。

俺は廣記の目を睨んでドアを閉めた。そして急いで階段を駆け降りる。

離婚届を握りしめて俺は走った。

今度は追いかけてこない。

俺は徐々にスピードを緩めて歩き出した。

夜の風を久しぶりに感じながら「自由だ」と呟く。


矢野屋に逃げ込んでからの寛吉の神のような対応にどんな感謝をして良いのやら。

俺を拒んだりせず何でも受け入れてくれてたな「仕事でもミスしまくってたしな」とりあえず全部言われた通りにするよう努力はしよう。

いやいやそれ以上のことって何かな。

それはおいおい考える事にする。


息が整ってきたので母親に電話して今日の事を伝えた。

「ありがとうね、置いて出て行ったりしてごめんよ、許してね」

「もう良いよ、怒ってねえし」

俺は日々更新してる所なんだ、楽しいんだよ。



矢野屋の裏口に灯りが漏れている「ただいま」

「お、帰ってきたのか」寛吉は驚いて俺を見た。

「あ!ひょっとして戻って来ないと思ってた?」

「まあな」寛吉はちょっと嬉しそうだった。

「そんなに飲んだら明日起きられねぇよ」やけ酒中だったのか酔っ払った寛吉にそう言った。

そして外出中何をしてたか寛吉に話した。

寛吉は俺の話を聞きながら「そうかい」「そうかい」と相槌を打っていた。


ーーーー


俺は間光太郎から母方の姓になった、大河光太郎だ。なんか漫画の主人公みたいなカッコいい名前だ。早く廣記の苗字から開放されたかったので慣れない名前でも構わない。

寛吉は俺に本格的にパン作りを教え出した。寛吉の知ってる理論や技術を。

特にこうすると何故こうなるのかを順に解説してくれて分かりやすかった。

俺は液卵塗りが綺麗に早くできる様になり、バゲットのカットがうまくできる様になった。足し水を上手く理想の固さにできる様になり、パイローラーだって上手いもんだ。

保育園に配達に行くと相変わらず子供達が「やのやのやのは?」と語呂を面白がって言ってくる。

「俺のことはやのやのこうちゃんと呼んでくれよ」と子供達に言ったのでみんなで大声で「やのやのこうちゃーん」と呼んでくれた。それを調理室のボスがニコニコして見ている。

「まいど」俺は頭を下げてパンの箱を台の上に置いた。

最近は箱の中のパンはこのままで前回の箱を持って帰って良いということになっている。

「はい、こんにちは。あんた随分しっかりしてきたね。矢野さんも嬉しそうにあんたの事を話してたよ」

「なんて言ってた?」俺は聞きたい気持ちを抑えられない。

「一生懸命やってて可愛いってさ」

「はあ?」と言ったが悪い気はしない。

「顔立ちもしっかりしてきたね、頑張んなよ」

「うん」

寛吉が俺を可愛いってさ、照れるが人からそんなことを言われたのは初めてだ。

「悪くない気分」


帰り際自転車を走らせていると「矢野屋の人だね」と俺を呼び止めた真面目そうなスーツの男がいた。

「私はそこの商工会議所の者です。君のいてる商店街の近くにあるんだよ」

「はあ」俺はその男に名詞を貰った「和田さん」人から名刺を貰うなんて生まれて初めての出来事だ。

「ちょっと寄って見て行かないかい?昔の商店街の写真展をしているんだ」

「うん」

俺と和田は商店街の空き店舗を利用したオープンスペースみたいな所に行った。

「この商店街もだんだん空き店舗が増えてきてね、君みたいな若者がもっと集まって商売をしてくれると良いんだけど」

「うん」俺は生返事をして写真をぱっと見て帰るつもりだった。


昔からの商店街の写真が展示されている。

右からぐるっと明治、大正、昭和、平成、令和と順に並んでいるみたいだな。

「ほら、これ」と言って和田が指差した写真は矢野屋のある通りだった。

客の相川ってお爺が写ってる「若いな、大工だったのか」矢野屋の写真もあった「あ!おっさん」俺は寛吉の写真を見つけた。

その写真は店の前で職人四・五人で立っていて真ん中が寛吉だ。

「若いしイケメンだな寛吉」自信と若さに溢れた表情をしている「今と全然違う」

和田が「矢野さんも君が来てから元気にやってらっしゃるようで安心しました、まだまだ頑張って頂かないと」と声をかけてきた。

「うん」俺がいたらまだ矢野屋を続けるかな、若返る訳じゃないけど俺の頑張りで。

俺は和田に「何か困った事があったら相談に来て下さい」と言われる。

「うん、俺帰るね」



ところが矢野屋に戻ったら寛吉が意外なことを言い出す。

寛吉と並んで座って待っていた四十五ぐらいの見知らぬ男に俺を紹介している「こいつが光太郎だ」

「え?」

「どうも、ブーランジェリーケイの嶋田慶太です」

「はあ」なんだこいつ。

「おい、そろそろうちは卒業だ。お前は自由の身になったんだからもっと大きい人間になれ」

すると嶋田が「うちに来たら大きくなるってのは責任重大じゃないですか」と寛吉に言った。

「まあな、頼んだぞ」

「え、何のこと?俺はどうなるの?この人の所で働くの?」

「言っただろ、ここはもうやめようと思ってるってな、だからここに居てもしょうがねえのさ」

「うちに寮がある、そこに引っ越して来たら良い」

「まだ行くって言ってねえじゃん」とは言え矢野屋にはもういられないのか。

「今度の日曜日に迎えに来ます」そう言って嶋田は帰って行った。

「まあ、そういう事よ。それとも母ちゃんの所に行くか?」

「嫌だよ、俺やっとここで頑張るつもりになったのに」

「まあな、一度嶋田の店を見せてもらうと良い、考えも変わるって。それとな、お前はいい奴だが礼儀作法が全く出来てない。はい、ありがとう、すみません、お願いします、おはようございます、失礼します、なんかがお前の口から出てきたことなんか1回もない。練習してみろ」

「うん」

「うんじゃない『はい』だ」

なんと挨拶の練習をさせられる。カッコ悪いが仕方ない。

「はい」

ありがとうな寛吉

ブーランジェリーってパン屋の事なんだ「知らなかったな」

嶋田の店は明るくて広くてパンが店中に並んでいる。店の人が四人、作業場に六人働いている。

「矢野のおやっさんは光太郎が心配で俺に預けようとしてるんだよ」

「え?心配?」

「そう、このまま育って欲しいんだよ。自分から離れた後の事を気にしてるんだろうな」

「うん」

俺は作業場を見せて貰う「カッケー」

かっこいい製パンの機械に囲まれて次々焼けてくるカッコいいパン達。

そして矢野屋とは違うオシャレなお客達が店内に沢山いて、それぞれトングとトレーを手に持ち、買う気満々でパンを端から順に持ち切れなくなるぐらい盛りに盛ってレジに到達する。

俺にとって初めて見る風景ばかりだ。嶋田が俺の背後に立って「どうだい、良い感じだろ」と言ってきた。全くその通りだ。


その後寮も見せて貰う。何と嶋田の建てたワンルームマンションで俺だけの部屋にはミニキッチンや風呂もある「良いなあ」最高だ。

「どうだった?」嶋田が俺に聞いてきた。

「うん」俺は頷いた。

「そうか、じゃあ帰ったら準備して」

「えっ」随分早いな。

とはいえ大した荷物もない。

その日の晩は寒くなった。

こたつで晩酌している寛吉に聞いた「矢野屋はいつまで営業?」

「さあな、そのうちな」

「じゃあ俺もその日までいていい?」

「お前は嶋田の店にいてもっと色々見てこい。その後自分の人生について考えろ」

人生だって、廣記と母親が一緒になった時もその前の父親の時も俺には未来なんて無かったのに、急に広くて見晴らしのいい所に来た気分。

「うん」

その日の晩酌は一層酒の量が増えていた「あんまり飲むなよ」

「そうだな」とか言いながらまた酒を注いでいる。

「あの嶋田って人はおっさんの弟子?」

「八年間ここで働いてたんだ、それより五歳若い岩井もそうだ。今日ブーランジェリーケイに岩井もいただろ」

「そうだっけ」

「ここができた当時は職人が沢山いてな、そいつらはみんないいパン屋になってるよ」

「へえ」あの写真の奴らもそうなんだと俺は思った。

「ま、昔の話よ」

それ以降は寛吉は奥さんとニ人で細々と矢野屋をやってたんだ。

「またそんな所で寝て、風邪ひくよ。今度から布団をかける奴は居ないよ」

こたつに足を入れて寝ている寛吉に布団をかける。

静かな夜だった。

ーーーー


俺は今度はブーランジェリーケイの見習いになった。


ブーランジェリーケイの社長は背の高い嶋田で、その次に偉いっぽいのが岩田だ。

 

矢野屋と違って出退勤の時間や休みの日が決められている。

「せめて10分前には来いよ」岩井に言われる。
「はい」俺は寛吉に教わった礼儀の言葉をパターンに分けて繰り出していった。

「大河さん、ここに置いておきます」の時は「ありがとうございます」

「書類書いて来ましたか」の時は「お願いします」と言って渡すなど。

毎日これだけで生きていけるんじゃないか?

帰る時は「失礼します」

寛吉のお陰で礼儀はまあまあ、そして仕事では大量に何かを作り続けるのは苦手だけど『色んな事の基本が身に付いてる子』と言われている。

とはいえ新しく覚える事は山ほどあって毎日があっという間に過ぎて行く。

以前との違いは例えばここではカレーパンはドーナツ用の網に乗せて揚げるので途中で勝手に裏返ったりすることは無いとか、一人で全ての作業をやるのではなく色んな人が分業でやるとか、食パンはお店の人が切ってくれるとか、そういう事が色々ある。

今頃寛吉はどうしてるんだろう、そう思う間隔が長くなっていく。

矢野屋はもう閉じてしまったのかな。
日々覚える事やできる事も増えてあっという間に次の日が来る。

五月中旬

ブーランジェリーケイは世間のお盆休みが過ぎた頃、連休をとって従業員達の中の希望者何人かでキャンプに出かけた。

俺は大自然とかキャンプとか初めてでテンションが上がる。

嶋田の車と岩井の車に五人ずつ分乗して湖のほとりのキャンプ場に到着。

湖より一段高い所で、大きな木の陰にテントを張る。

テントは男子用と女子用の二手に分かれるが俺は嶋田の仕切りで二つのテントの設営を手伝う。グラウンドシートをしっかり広げて固定したり、言われるがままにポールを通してピンに差し込んだり、60度の角度でペグを差し込んだりする。

作業の合間時々湖に目をやる、とにかく景色がいい。
嶋田が「夜は星空も綺麗だぞ」と言っている。そう言われると楽しみだ。

その前に夕食だ、バーベキューなんて初めてだ。

俺は肉を焼く係。

焼けた肉を網の端に置くといつもお店で働いている岬文代が皿に乗せてみんなに持っていく。

いい匂いなので皿を貰って自分の分ものせる「岬さんこっち来る時焼肉のタレ頂戴」

「いいわよ」俺の皿にタレを注いで箸も持ってきた。

「まだ食べてないだろ?これあげる」俺はその皿と箸を渡した。

「ありがとう、じゃあ私もお箸を持ってくるから2人で食べよう」

「うん」ありがとうっていい言葉だな。

俺は肉を焼いたり一つのお皿で一緒に食べたり文代の後姿を見たりと忙しかった。

片付けの後、本当に星が綺麗だった。


その後で嶋田と岩井はテーブルを囲んでビールを飲んでいる。

「おい大河、ここに座れよ」

「はい」

俺は真ん中に座った。

二人は夕方からずっと飲んでいて酔っ払っている。

「大河の仕事を見てると矢野屋を卒業した頃の自分を思い出すなあ」

「俺もです嶋田さん、根気よく仕込んでますよね」

「おっさん元気かなあ」俺も寛吉を懐かしく思い出す「よくヤケ酒みたいになってそのまま寝てました」

その時ニ人は顔を見合わせたんだ、それで急に何か言いたそうにした。

「大河、お前に言わなきゃならない事があるんだ」

「酔っていう話じゃないけど今なら言える」

二人は交互に話し出した。

何だろう?俺はじっと聞いていた。

嶋田が先に話し出した「あれは十八年前の冬。俺は矢野屋で修行して八年、岩井はまだ入ったばかりの見習いだった。寒い日が続いていてインフルエンザが大流行していたんだ。おやっさんの一人息子翔太ちゃんも感染して高熱が出ていた、そして俺もその時高熱が出て休んでいた」

岩井がその続きで話す。「翔太ちゃんは少し熱も治ってきていて薬を飲んで安静にしていれば治ると医者に言われてた。その日は店を開けていて、奥さんは奥の部屋に寝ている翔太ちゃんの様子を見に行っていたんだ。景気の良い時代で店は大忙しだった。奥さんは店番をしながら心配そうに何度も翔太ちゃんのいる奥の部屋の方を振り返って見ていた。間の悪いことにお客さんが数珠繋ぎで途切れなかった。寛吉さんもオーブンが詰まってて手が離せなかった」

「翔太ちゃんは吐いたものを詰まらせてね」嶋田が思い出して泣きながら言いにくそうに言った。

「あの時俺がもうちょっとできる奴だったらあんな事にはなってなかった」岩井も泣き出した。

二人は随分自分を責めている様だった、そして乾吉が一番自分を責めていたんだ。何年もの間。

あともう少し、もうちょっとって思ってるうちに手遅れになったんだ。その後あのアルバムは途切れたんだ。

「おやっさんがパン屋を辞めたいって気持ちわかるぜ」嶋田が俯いて言った。

「だけど矢野屋のお客さんの為に細々と続けて来たんだ。翔太ちゃんのことで奥さんに何度も謝ってたよ、でもその奥さんも何年か前病気で亡くなったんだ」

「あの時は本当に申し訳なかった。そう思うとなかなかおやっさんに会えなかったのに向こうから連絡くれたんだよ。大事なものを託すってな」

「大事なものって俺の事か!」

俺は椅子を後ろに倒して勢いよく立ち上がった。無性に寛吉に会いたい「帰ったらおっさんに会いに行ってきます」

「分かった、おやっさんによろしくな、それからおっさんはやめろよ」二人は俺を見上げながら注意した。


キャンプの帰り際、文代に「ねえ、昨日なんでオーナーと岩井さんは泣いてたの?」と聞かれた。俺達は番号を交換して帰る道中別々の車の中でずっとメッセージをやりとりして経緯を伝えた。

全て文にして俺は最後に本心を書いた『俺は矢野屋に戻ろうと思う』

別に嶋田の所で働くのが嫌じゃない、矢野屋が俺のホームグラウンドなだけなんだ。

で、文代の返事が「もう会えなくなっちゃうの」だった。

これには車内にも関わらず「えっ」と顔を赤らめる。

文代と離れがたくて戻ってからもファミレスに行って今イチオシとか言うパフェを食べた。

何時に寝てるのとかどんな食べ物が好きとかすごく他愛も無い話を何時間もして俺はその間ずっと文代の笑顔に釘付けだった。



帰り際、文代の家のすぐ近くまで来た。

「俺明日矢野屋に行ってくるよ、この先の話をしないと」

「うん、そうだね矢野屋さんの話も聞かないとわからないもんね」

その時後ろから咳払いが聞こえた。

振り向くとスーツ姿の男がこっちを見てる。

「お父さん」

「文代、誰と話してるの」ちょっと厳し目の言い方だ。

「俺、これから文代と付き合う予定の大河光太郎です」と咄嗟に本心を言っちゃた。

「大河君」

「文代は驚いてるじゃないか、今思いつきで言ったのか知らないが君はちょっと短絡的なんじゃないか」

「思いつきじゃありません、ちゃんと話したのは昨日初めてでけど、文代の明るい笑顔と優しい接客態度に好感を持ってました、やっぱ人となりは伝わると思います」

「昨日初めて話したのに交際は早いだろう、文代は大河君をどう思ってるんだ」

「私も」父親の前で中々恥ずかしそうだけど「私も大河君とお付き合いしたいと思ってる」と俺を見て言ったてくれた。

「うむう」お父さんが悔しそうに唸ったので「交際の先は、俺が一人前になって迎えに来ますから待っていて下さい」と言ったら「待ってろと俺に言ったのか!何故俺が待っていないといけない!」とキレてきた。

話が変になっったが「兎に角、俺は明日大事な話があるんで行ってきます。俺を信じて下さい。文代、また連絡するね!」俺は文代に手を振ってから父親に頭を下げて「失礼します」と寛吉仕込みの挨拶をした。

次の日

俺は矢野屋の近くに戻ったが一旦商工会議所にいた和田に会いに行く。それでどうやったら1番良いのかを聞いてみる。

「久しぶりですね大河さん。お客さんの要望もあって矢野さんはまだパン屋さんをお続けになっていましたよ。しかし近いうちに本当に閉店するらしくてね」

「えっそうなの?」俺は間に合ったと思ってホッとした。

「で、最近の取り組みではこんなのがあるんです。私は君にあったらそれを言おうと思っていてね」

和田に聞いた一番良いアイデアを聞いてすぐ矢野屋に走って行った。

途中でいつも矢野屋に買いに来ていたお爺が歩いているのを見つける「相川のお爺!」俺は手を振った。お爺は矢野屋のパンの袋を持っていた。

「あ!矢野屋の見習いじゃないか、閉店の知らせを受けて来たのか?」

「俺には日にちは教えてくれなかったよ」

「とうとう今日閉めるって言ってだぞ、俺もさっき行ってきたんだよ。寂しくなるなあ、俺はこれからどこでパンを買えば良いんだい」

「えっ」俺は叫びながら走った。
「待ってくれ」

寛吉は丁度シャッターを閉めている所だった。勢いよく中に滑り込んでショーケースにぶつかった。

バーーーン

寛吉は「うわ」と叫んだ「お前か、びっくりさせるなよ」

「やめるのはちょっと待って」

「前から言ってあっただろうが。そんな事より嶋田の店はどうだ、勉強になるだろ?」

「勿論勉強になったよ。そんな事って何だ、ここは俺が引き継ぐんだからな」

「何を引き継ぐだって?」

「だからそれがあれだよ」

「事業承継ですよ」後から自転車で追いかけてきた和田も飛び込んで来て言った。

「矢野さん、経営者の高齢化で従業員や他社に事業を承継するケースが多くなって来ています。実際この商店街も検討中の経営者が多いですよ。中には探しても結局見つからずに断念する店舗もあります。こんな熱意を持っている若者が街を活性化すると私は思います、だから追いかけて来ました」

「そんな事言ったってまだ若すぎるだろう。こいつはもっと色んな勉強をしなきゃ一人では無理だよ」

「俺に作業場と店の二間だけ引き継がせてくれよ。おっさんは裏に住んでるんだから俺のコーチをしてくれなきゃ。俺はおっさんと知り合って本当に救われたんだよ。ここのパンを無くさずにお客さんに食べて貰いたい。本当はパン作りが好きなおっさんの意志を継いでいきたいんだ」

和田が頷きながら「それですよ!『事業所の経営理念を引き継ぐ』のが事業承継の基本理念です。そして事業の発展を目指すんです」と助け舟を出してくれる。

「おっさんは俺に言ったよな『お前はまだ若いんだ、失敗してもまた取り返せるってもんよ。取り戻せない様なことはまだ起きてないだろ』って、きっとおっさんは俺を見守り続けていってくれる」

「全くお前って奴は厚かましい野郎だ、和田さん、こいつはパッと懐に飛び込んでくるんですよ、だからつい甘やかしてしまう」

「矢野さん、こうしましょう。大河君が他で経験を積んで戻ってきたら認めてあげるというのはどうですか」

俺は寛吉に顔を近づけて言った「俺の事『大事なもの』って言ってくれたんだろ」

寛吉は観念したように言った「まあな」

寛吉は心配しつつも俺の為にもう少し営業を続けてくれる事になった。

その後和田に「承継するなら寛吉さんに保証をしてあげる為に金を貯めておきなさい」と言われる。

そうかそりゃそうだよな!「知らなかったな」俺って厚かましいな。



ーーーー

三年後の春


俺はちゃんと嶋田の所で色々覚えた。
まだまだ頼りないけど、コーチと一緒にまた頑張るつもり。



そして今日俺は俺のファミリーとホームグラウンドへ帰る。

おわり

48パン職人の修造 江川と修造シリーズ some future

パン職人の修造 江川と修造シリーズ some future

「修造パンロンドのみんなはどう?」

早番で早く帰ってきた修造に妻の律子が話しかけた。

「花嶋由梨って新入社員が入って来たんだ。丁度探そうとしてた所だったんでタイミングよかったんだよ」

「そうなの」

「今みんなで仕事を教えてるよ。今日は江川と一緒に生地の手ゴネをしてた」

「どんな人?」

「えーと藤岡の紹介で入ってきたんだよ。今度お店に来たら紹介するね」

と言いながら修造は6ヶ月児の大地とうつ伏せになって向かい合った。

「大地これどうぞ〜」と言ってオモチャを渡そうとする。

「ほら、こっちだよ」大地はオモチャを取ろうとニコニコしながらハイハイでやってくる。

すると修造は一周して大地に追いつきちょんちょんとつつくと大地が振り向いて大喜びして座ってパチパチして笑う。

追いかけて来るとわかっていて振り向きながらニコニコと急いでハイハイするのだ。大地はこの遊びが大のお気に入りで、2人の楽しいひと時だ。

そのあと、大地は座って修造が足の間にポンと投げたボールを可愛い手で掴んで「ダ〜」と言って投げ返してくる「大地上手上手」これが今修造の最も嬉しい瞬間だ。

「大地可愛い可愛い〜」と目を細めて大地に話しかけた。

「律子ホラ見て!歯が生えてきたよ」

律子も「大地歯が生えてきたね」と言って大地の顔をのぞいて笑った。

本当は律子は知っていたが、修造を嬉しい第一発見者にしてあげる為に黙っていた。

「ふふふ。可愛い」

「ただいま〜」小学2年になった長女が学校から帰ってきた。

「あ!おかえり緑」

「お父さんおやつ食べたら宿題するから待っててね」

「うん」

夕方は学校から帰ってきた長女の緑と3人で東南スーパーに買い物に行く。

「今日空手道場の日だね、お母さんと大地も見に来てくれるかなあ」

「一緒に行きたいね」

「うん」

緑は修造と繋いだ手をゆらゆら揺らしながら「ねえ、お父さん、私達って仲良しよね」と言った。

「勿論だよ。超仲良し」

いつもの坂道で夕焼けの光に照らされて子供達の成長とこれからの未来に想いを馳せる修造だった。

ーーーー

次の日

修造は藤岡とハート型の※レープクーヘンを作っていた。

オブラートに生地を乗せて焼くとスパイスの香りが辺りに立ち込める。

チョコを塗りながら「乾いたらこれにアイシングしてみよう。すごく日持ちがして、袋に入れて紐で吊るして並べると可愛いんだよ」

「楽しみです」

「藤岡は吸収率が高いから教えがいがあるよ」

「ありがとうございます。もっと色々教えて下さいね」

「うん」

とそこへ、律子が大地と緑を連れて来た。

律子の実家から野菜が送られて来たから奥さんに持って来たのだ。

「修ちゃん、律子さん達が来たわよ〜」奥さんがお店から修造を呼んだ。

「あ!律子!」

修造は作業中の顔つきとはガラリと変わって嬉しそうに飛んで行った。

「凄いハッピーファミリーなんですね」

それを見た由梨が驚いて風花に言った。

「そうなのよ。普段強面なのに律子さんの前に行くとニコニコね」

由梨が見ていると奥さんが手招きしたのでそちらに行く

「由梨ちゃん、この人が修造さんの奥さんよ。そして緑ちゃんと大地くん」

「初めまして花嶋由梨です」

「律子です。お仕事頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

3人が帰るのを見送った後由梨は結婚という言葉についてイメージしてみた。

自分もいつか結婚したり子供ができたりするのかしら。そして目の前のハッピーファミリーの様な暮らしをするのかしら。

ちょっとだけ藤岡を見てみた。

そしてこの間聞いた前の職場の先輩の事を思い出した。

「あ」

そうだった。全然遠い道のりだったんだった。

すぐそこにいるのに遠い。

ーーーー

次の日

由梨は仕事が休みの日なので東南駅の横の巨大ショッピングモールで服屋巡りをしているとペビーカーで大地を連れた律子に会った。

「こんにちは。お買い物ですか」

「あ、由梨ちゃん。こんにちは、そうなの。パンロンドはどう?とても働きやすい所でしょう?」

「はい、本当に。皆さんに優しくして頂いています」

「私も以前パンロンドで働いてたのよ。5年間工場にいたの」

「そうなんですね、、あの」

「なあに?」

「修造さんとはどうやって知り合ったんですか?」

「私は始めは販売員として働いていたのよ」

「えっそうなんですか?」

「そう初日にね、工場の奥のミキサーの所に修造がいてね、私が挨拶したの」

律子は当時の事を思い出して話しだした。

それはこんな風だった。

働き始めた初日。

奥さんが案内してくれて、奥からお店に向かって歩いて行って順番に挨拶していったの。工場の奥のミキサーの所に修造がいてね、私が挨拶したの

その時初めて目があって私を見て修造が思った事が私にはわかったの。

ドキッとして顔が真っ赤になったから私もドキッとしちゃった。

その後ね、何度も何度も目が合うのに全然話しかけてこなくてね。

もう多分話すことはないんだわって思ってた。

そんな時に事件が起こったわ。

突然ナイフを持った痩せた男が入って来て、奥に入って行こうとして私を突き飛ばした。後で聞いたんだけど、その人はお店とトラブルになった人らしくてね、大きい声を出してたし、めちゃくちゃ怖かった。そしたら修造が血相変えて飛んできてオーブンの前まで来ていた男の腕を掴んで脇腹を蹴って倒した。

揉み合ってるうちにナイフを掴んでしまって床が修造の血で一杯になってこっちが卒倒しそうだった。

その時ね、私この人から離れないって思ったの。

それから病院に一緒に行って

毎日手当に行ったのよ。フフフ。

そしてすぐに一緒に住みだしたの。

今も修造の手にはその時の跡が残ってる。

でもね

私は修造が大好きだったのに、、、

結婚して緑が生まれて間もなくして急にドイツに行くって言い出したわ。

「パンの修行の為に」由梨が合いの手を入れた。

「そう!凄く反対したわ。緑も小さかったし。

でも目の奥に覚悟が段々できてきて、絶対行くんだわって悟った。

5年間ずっと修造が帰ってくるのを待ってたの。

パンロンドで働きながら長女の緑を保育園に預けて

仕事が終わったら2人で帰ってまた次の朝が来る。

修造が大好きで会いたくて、でも意地を張ってメールの返信もしなかった。

ずっと後悔してるのよ。

追いかけていけば良かった

一緒にドイツで暮らせばよかった。

だからこれからずーっと一緒にいようと思ってるの」

由梨は律子が力を込めて言ったずーっとに何か意味があるのかと思って見ていた。

「はい」

「私達ね、山の上でパン屋さんをするの。修造がパンを作って私が販売して修造を支えるの。修造がパンを作ってる所がお客様にも見えるようにしようかな」

「素敵」

由梨は自分と藤岡の未来をちょっと夢見てみた。

「結婚って良いですね」

「ホント毎日が楽しいわ」

その姿は堂々としていて自信に満ち溢れ輝いてるように見えた。

子供達から必要とされる存在で、夫から絶対的に愛されている証拠のようにも見えた。

ーーーー

次の週

修造一家は法事で山の上の実家に帰っていた。

修造の家がある山の上半分は母方の先祖代々のものだ。

今は誰もすんでいないので、結構埃が溜まっている。

掃除しながら「やっぱすんでこその家だ。とはいえ元々ボロ屋だからな」と見渡した。

修造の実家は山の上にある平屋で、玄関の前は平らで広場の様になっている。

入り口の入って直ぐの所は6畳ぐらいの土間になっていて、左には部屋が2つぐらいの大きさの板張りの部屋がある。入り口の奥は台所とその奥に風呂トイレ洗面台。建物の右手には部屋が3つ。

母親の法事中、無骨で無口な修造に比べてしっかり者の律子に皆感心した「あんなできた嫁ばよく見つかったもんたいね」と山の中腹に住む母親の妹夫婦が囁き合った。

皆帰った後、家族4人だけになった。緑は珍しい板張りの広い部屋をゴロゴロ転がって、大地はそれをハイハイで追いかけている。

「ねぇ修造。ここにオーブンを置きましょうよ」と左の部屋で両手を広げて言った。「ここに工房」そして入口の土間を指差して「ここがショーケース」こっちに棚を置いてこっちに台を置いて。と律子は張り切って言った。

「裏に畑を作って野菜を作るわ、修造はそれを使ってパンを作ってね」信州の実家が農家の律子は自慢げに言った。

「素晴らしいなあ。いい考えだよ律子」

今は昼間は別々だけどここなら昼夜なく同じ空間で一緒に過ごす事ができる。

俺の俺だけの工房で俺のパン作りをして、最愛の律子と毎日パン作りをここで。

二人は出会った頃の様に見つめ合った。

ここにいて2人で同じものを見て同じ様に感じて毎日を過ごして2人で歳をとろう。

ここら辺の湧き水は潤沢な硬水よりの水でパン作りに適してる。遠くに見える山の周りは牧場と農家が沢山あって良い材料が手に入る。

山を降りた所にある小麦農家と話して粉を卸して貰おう。

修造の夢はギラギラと膨らみ胸いっぱいになった。

外に出れば目の前は林の続く斜面でその下には広大な景色が広がり、その向こうはまた山が見える。その向こうは空だ。夕焼けが真っ赤になり何もかも赤く染まる。

「綺麗だわ」

律子はこの夕焼けを見ていつも感動している。

入り口は南向きだが工房を作る予定の居間は西に向いていて夕方は西日がきつそうだ。なので庭にベランダを作って長めの庇(ひさし)を作ることにしよう。ここに薪窯を作って外に薪の置くところを作って。など随分具体的になってきた。

初めて律子をここに連れて来た時に、美しい眺めに感動した律子はこの場所が気に入り、ここでパン屋さんをしようとどちらも言い出した。それ以来、いつかはここでと言う話は度々出ていたのだ。

修造は納屋に伐採用の鉈(なた)を取りに行った、すると便利な折込式のこぎりと充電式の電動ノコが見つかる、母親が使っていたのだろうか?にしては大型で結構新しい。不思議に思いながらそれを持って裏庭から斜面になって続く林に入り、枝を切り落として来た。

不思議な事に長い間ほったらかしていたのに周りの雑草や蔦はそこそこ手入れされている。さっきの親戚のおじさんが見かねてやったのだろうか。

「誰が手入れしてくれてるんだろう」そう独り言を言いながら鉈で細長く切っていく。2年後に使う薪窯様の薪を準備して工房ができるであろう場所に大量に積み上げた。

「これだけあれば開店当初の分はいけるだろう」

よく乾燥させないと木の芯に水分が残って燃えづらい。切って断面を空気に晒し、長く乾燥させた方がいい。

「2年間大人しくしといてくれよ」

ーーーー

パンロンドに戻った修造は神妙な面持ちで親方の前に立って話しかけた。

「親方!俺、、」

うわ、ついに来たこの時が。

親方は修造の表情を見て悟った。

「修造、俺はお前に感謝しかしてないよ。お別れは寂しいけどお前ならどこででもなんでもやれる。応援してるからな」

「ありがとうございます」

「それとさ、あいつきっとついていくんだろ?」親方は由梨と一緒に楽しそうに分割をしている江川を見た。

「親方、その事なんですが。俺と江川は店作りをするつもりです。でも俺、その後田舎に帰って一人で工房に籠るつもりです。それで江川には今までの感謝を込めて俺からのプレゼントを徐々に持たせようと思うんです」

「なるほどね。お前は本当にギブアンドテイクの男だよ。お前の思う通りにやってみろよ」

「はい」

「しばらくはまだ準備ができるまではうちにいるんだろ?」

「はい、すみません、勝手ばかりで。よろしくお願いします」

親方との話し合いで休みの日を平日に週2日にして貰った。手続きに動くなら平日の方が良いからだ。

家に帰って律子に親方との話を説明して、「あと2年待って欲しい。必ずその期間に開店資金を作ってみせるから」と頼んだ。

修造は律子に2度目の土下座をした。

「そんな格好やめてよ修造ったら、わかったわ。ダメって言ったらまたどこかに行っちゃうんでしょう?」

「そんな訳ないよ。山の上に行ったら律子と2人の時を増やす様に誓うよ」

その夜布団の中で修造は色々な計算が止まらなかった。

場所、開店資金、機械の購入などパン屋の開店は他の店の開店より結構かかるなんだろうなあ。

基嶋機械の営業の後藤さんにも聞いてみようかな。あの人なら何でも知っていそうだし。

あとは立地だな。。駅前の不動産屋さんに相談してみよう。

「どんな場所が良いかなあ」

ーーーー

次の日

先輩の佐久山と広巻、後輩の杉本が声を掛けてきた。

「修造、とうとう行っちまうんだって?寂しくなるよ。元気で頑張ってな」

「俺達は親方と一緒にまだまだ頑張るよ」

「勝手ばかりしてすみませんでした。パンロンドをよろしくお願いします」

「離れてても俺と修造さんとは兄弟っすよ!」

「わかったよ杉本。ありがとうな、がんばって次の技術士の試験も受けてくれよな」

「わっかりました~」

「江川、元気でな」

「はい、僕修造さんに付いて行っちゃいますけど僕がいないとみんな寂しくなっちゃいますよね」

「自分で言うなよ」

アハハと笑うみんなの会話を聞きながら藤岡は近くにいた由梨に言うともなしに呟いた。

「俺は修造さんの去った後もパンロンドを守り続けたい。その時はいつも修造さんの背中を思い出すだろう」

「はい」

修造を見ながらそう言った藤岡に

「修造さんって朝焼けに輝く山の様な存在みたいなものなんですね」と、多分藤岡が思い描いている修造のイメージを言ってみた。

「そうなんだ。赤々と燃えている」藤岡は由梨の詩的でピッタリな言い方にちょっと感動して微笑んだ。

由梨は藤岡が例の『前職の先輩』の事もそんな風に思ってたのか気になる。

パン屋さん巡りをしていって、いつかその人が見つかったらどうするのかしら。藤岡さんはまだその時の気持ちのままなのかしら。

ーーーー

由梨の両親は東南商店街で無事着物屋『花装』を新装開店し、今は近所の賃貸マンションで3人で暮らしている。

パンロンドから戻った由梨は自室に籠りパソコンで藤岡の動画を探した。

確かパン屋への行き道を説明して、パンを買ったあと公園で紹介をするんだったわ。

結構色んな人がパン屋さんを巡ってる動画を出してるけどどれなんだろう?

パン屋さん巡りの動画は沢山あって見つからない。

そうだ、ウンタービルクを紹介してるのを探せば良いんだわ。

由梨は以前住んでいた町のパン屋ベッカライウンタービルクの動画を探していった。

その店のお知らせも見てみる。

「あ」

お店がホームページに貼り付けていた映像にテロップと曲だけの動画を見つけた。

「これかも」

各駅電車を降りた所からウンタービルク迄の道のりを動画とテロップで説明していて、2人が出会った川が映っている。

映っているパンの中にはあのヘルンヒェンとSchweinsohr(シュヴァンスオアー)もあった!

「間違いない。これなんだわ」

動画の名前は『各駅停車 パン屋探し』電車好きとパン好きが見るのか登録者数は多い。

一見普通の名前そうだが、何故こんな名前なのか由梨だけが知っている。

『各駅停車 パン屋探し』は、他にも沢山の店の動画があった。由梨はその動画を観ながら「これ、藤岡さんが撮ったんだ」と藤岡の表情や仕草を思い出して言った。

駅に着いて、歩いてパン屋さんの工場を覗いて、先輩がいるのか確かめたんだわ。

そう思うとなんだか切ない。

もし先輩が見つかったらどうするんだろうか。

何か声をかけるのか。

『あ、藤岡君久しぶり、元気にしてた?』

そう言われたら理想的な言葉をかけるのかしら「お久しぶりです。またお会いできて良かった」

それとも

「探しました、なんで俺を置いて行ったんですか。もう離れないで下さい」

とか

返事は分からない。

会ってみないと分からないんだわ。

だから探してる。

その夜

由梨は夢を見た

始めはとても嫌な夢だった

夢の中の由梨は随分歳をとっていて1人で料理屋に入る。1番奥のカウンターの席に座って食事をしていた。会計を済ませようと席を立つと自分が通った所の人は全員由梨に悪意のある目を向けた。

全員が見張っている。そして由梨にひどい言葉をぶつけた。由梨は逃げ出そうとすると手を引いて一緒に歩いてくれる人がいた。「もう大丈夫心配ないよ」とても優しい声でそう言ったので顔を見ると藤岡だった。

そこで目が覚めて

藤岡から離れたくないと

強く思う

もし出会えなかったら

私はあの夢の通りの生活を送る事になってたわ。

それとも本当に河に飛び込んでいたかもしれない。

藤岡さん

ーーーー

由梨と藤岡は二人でベルリーナという揚げ菓子にジャムを詰めていた。

由梨はそれを手早くトレーに並べながら思い切って言ってみた。

「あの、今度私もパン屋さん巡りについて行っても良いですか?」

「え」

「いいけど」

「助手って事かな?」

「あ!はい!そうです助手として」

藤岡は何か考えている様だった。

作業中沈黙が続き

でも最後にはこう言った。

「俺は今度の休みに動画を撮りに行こうと思ってる、由梨の行ってみたいパン屋さんはある?」

「はい、他の動画で美味しそうなパン屋さんがありました。勿論パンロンド程じゃないですけど。それといつか修造さんのお店にも行ってみたいです」

「そりゃいいね。じゃあお店ができたら行ってみよう」

「はい!」

みんながみんな

思いおもいに

少し先の未来を

想像して

また明日が

やってくる

おわり

※レープクーヘン はちみつ、砂糖漬けのフルーツ、スパイス、アーモンドなどのナッツの入ったお菓子。オブラートの上にのせて焼く。丸形、ハート型など大きさも様々。通常ヘクセンハウスもこの生地で作られる。デコレーションを施し紐を付けてクリスマスの飾りに使われる。

47パン職人の修造 江川と修造シリーズ 製パンアンドロイドと修造

パン職人の修造 江川と修造シリーズ 製パンアンドロイドと修造

リーベンアンドブロートが創業して半年が過ぎた。

修造と江川は2人で生地を成形してバヌトンという発酵の為のカゴに入れていく作業をしている。

そしていつも気の利くカフェ部門の岡田はテキパキと店の清掃を済ませ、窓ガラスの汚れがないかチェックしていた。

そのガラスの向こう、駐車場兼入口の方から『基嶋機械』の営業マン後藤とその他三人の男が歩いてくる。

岡田は店の前に移動して、出迎える為に立って待っていた。

「こんにちは!修造シェフはいらっしゃいますか」後藤は日に焼けた顔から白い歯を見せ、大きくハキハキした口調で言った。

「はい、お待ち下さい」

と一礼して、岡田は早足で工房の修造に声をかけに行った。

修造が作業の続きを立花に頼み、店に行くと来客達はカフェのテーブルに着き、岡田はコーヒーを淹れていた。

後藤は立ち上がって修造の所に飛んでいった「シェフ、今日はお願いがあって来ました」

「お願い?」

修造は初見の客の方を見て頭を少し下げた。

「こちらはNN大学のロボット工学科のアンドロイドを研究している鷹見崇(たかみたかし)教授と助手の三輪みわ子さん、常磐城親(ときわしろちか)さんです」

「どうも」と言いながらロボットとかアンドロイドとか修造の生活とは関係のないこの人達はなんなんだろうと三人をジロジロ観察した。

「アンドロイド?」

「はい、今は色んな職業を手助けするアンドロイドが生まれてきています。人らしく衝撃にも強く。狭い工場でも大丈夫。それでパン職人って重労働だけどそういうのは無いなあと言うわけで今回パン職人の動きを徹底的にデータを取って実現化を目指そうと言う訳です」鷹見はサラサラと説明した。

「工場で働くパン用のロボットアームなんかは既にありますよね?」

「そうですね、製パン工場にはあります。しかし町のパン屋さんにそれを置くというのは費用も掛かり場所も無い場合が多い。一般のパン屋では殆ど導入例がありません。高齢化で店じまいするのも体力に自信が無くなるからと言うのが理由の中の一つです。なのでそれを補って少しでも町のパン文化を残したいのです」

「で?」

「はい。是非修造シェフからのデータを頂きたいと思いまして」

そこに後藤が付け足した「製品ができたらパン屋に月額利用料でご使用頂きたいと思います。この企画は基嶋がNN大学に全面的に協力しております」

後藤と教授達の話を聞きながら修造は思った。

抵抗あるな、アンドロイドだって?

手作りの意味わかってんのかよ。

後藤は修造の表情を読み取り付け足した「シェフ、私も辛いんですよ。ご高齢でお店を閉められる時はお店の周りも寂しくなりますし、常連で高齢のお客様もお困りになってるのを見ています。この企画は色んな方の為に考えたものなんです」

成程、高齢化が原因で閉める店を少しでも減らしたり、無くなるその日を遅くしたりできるなら協力しても良い。

修造はそんなふうに思い直して質問した「データって具体的には?」

「シェフの動きをモデルにします。詳細にデータをとって正確に再現するのです。この動きの時の力の入れ具合はどうか、手の回し方は?上げ下げの角度は?などの様々な動きを測定してデータを出すところから始めます」と助手の三輪が説明した。

「シェフの動きをアンドロイドに記憶させ、製パン職人として活躍する日も近いでしょう。私は楽しみでなりません」後藤が小躍りしそうな大袈裟な動きで言った。

「一緒に製パンアンドロイドを作り、世の中の役に立ちましょう、シェフ」

「はあ、まあ」

ーーーー

開発に協力することにした。

それは修造の全然わからない理工学部の世界で、ロボットの設計・開発などのややこしい計算や機械がついて回った。

関節の全てにゴムの様なシールを付けた、手などは特にシールを沢山付けてその上から手袋をする。三輪と常盤が離れた場所でデータを取っている。

「有線じゃないから動きやすいな」

修造が動くとパソコンの立体3Dも同じ様に動く。シールの付いてる所は黄色で表され、関節の動きがデータとして残るわけだ。

何日も何時間も費やした。

そのうち後藤の紹介で、ミーテンリースという会社の川口社長と平方という営業マンがやってきた。

「開発できた暁には我々が色んなパン屋を回ったり資料を送って製パンアンドロイドを広めたいと思います」といってパンフレットを渡してきた。

アンドロイドのボディの写真の横には修造監修と書いてある。

「修造監修って、別に俺があれこれ言った訳じゃ無いのにな」

「こんな風になるんだ」一部始終を観察していた江川は「イケメンとか美人とかいたら楽しいのにな、色々選べる様にしてよね」と口を挟んできた。

「今はまだまだ開発段階なので考えてみます」と言って関係者達は帰って行った。

「ねぇ修造さん、ああいう機械を工場に入れるのって粉とか被るとどうなるんでしょうね。僕たちならお風呂に入れば綺麗になるけど、アンドロイドって隙間とかありそうですよね」

「だな、江川。そう言うのを現場の声って言うんだよ。それ教授に言ってみてよ」

「わかりました」江川は他にも思いつく限りの事をあれこれ紙に書き、それを鷹見に電話して読み上げていた」

それで開発期間は伸びて若干の大きさを変えてみたり薄い膜でアンドロイドを覆って汚れや粉詰まりを防ぐ様に研究が重ねられた。

そして生まれたのが試作機アンコンベンチナルA1-1500

「ねえ、何ができるの?」江川は興味があるらしく常盤と三輪に色々質問していた「分割、丸め、成形、荷物運びとかできるんですよ」

「へぇ」

「試しに一緒に働かせてみて動きを見てみて下さい」

「これってパン屋さんには貸すの?いくらなの?」

「現段階では初期費用300万、月額35万ですかね」

「えっ?高くない?人1人ぐらいいくじゃない?」

後ろで聞いていたリース会社の平方はが説明をした「現段階では体数が少ないので高額ですが、汎用性が高まればおのずと価格も下がってくるものですよ」

「えーじゃあ平方さんが沢山営業に回らないとね」

「はい、頑張ります」平方がにっこり笑った。

ーーーー

リーベンアンドブロートでアンドロイドが働き始めた。

実際に現場で起こった出来事や職人の声をデータとして活用する為だ。

誰も使おうとしない。

「忙しくてそれどころしゃないよ」

「ちょっと怖いわ」

という声がある中

「まあまあ、丸めができるんだって、大きさとか分かるのかな?」

江川はアンコンベンチナルA1-1500に名前を付ける事にする。

修造がモデルなのでちょっと顔が似ている。

「しゅうちゃんはどうですか?」

「あ、俺小さい頃そう呼ばれてたよ」

江川は親近感が湧く様に『しゅうちゃん』と名付けた。

「しゅうちゃん、これ丸めといて」と言ってアンドロイドのしゅうちゃんに生地を分割して渡した。

「はい、分かりました」江川と台を挟んで前に立ち、しゅうちゃんは生地を丸め始めた。

「えっ」修造ぐらい綺麗に丸めた!

みんな遠巻きだがじっと観察している。

「話もできるんだな」

「ホントね」などと言って驚いていた。

江川が違う大きさに生地を分割して渡すとまた綺麗に丸めた。

「こうやって見てると動きが修造さんに似てますよね。2人いるみたい」

しゅうちゃんが丸めた生地を正確にバットに並べるのを見て皆が「おーっ!」と感嘆の声を上げた。

ミキサーに粉を入れたり生地の出来上がりを確かめたりってどうやってやるのかな?

「しゅうちゃん、これをミキサーに入れて」

「はい分かりました」

しゅうちゃんはこの工場内の機械の場所がインプットされていて、修造の動きで粉をミキサーに入れて、江川が用意したものを決められた順に入れて行った。

修造はそれを見ながら例えば水の温度は人間が見なくちゃならないとか人が使ったものを適当に置くと探せないとか気づいたことを書き込んでいった。

分割も丸目もできるとして、移動して次の別の作業をさせるのが困難みたいだな。ひとつ所において同じ動きをするんならロボットアームみたいなものになっちゃう。人型で色々動けるんだから俺達と同じ様に動けなきゃ意味ないよ。

しゅうちゃんに色々付き添ってやらせている江川を見てちょっと介護の人みたいだなと思った。

教授はまたやってきて、結構難しい『季節によって水の温度を変える作業』のデータを取った。

例えば冬はお湯で仕込む、夏は氷水で仕込む、季節の変わり目にガラリと気温が変わる時の対処など、気温が何度の時の水の温度はと言う店の過去のデータを打ち込んでいくのだ。

しゅうちゃんは一旦持ち帰りになりバージョンアップして帰ってきた。

少し進歩したものの、しゅうちゃはよく故障していた。

営業に来ていた後藤が「やっぱ粉が入るんですね。毎日綺麗にしてやらないと」と言って粉を拭き取っていた。

江川は結構口うるさいタイプなのか、教授が来るたびにしゅうちゃんの動きに注文をつけてもっと粉の入らない様にやり直せと言っている。

しかしそれは製品の質を向上させるんだから悪いことではない。

しゅうちゃんは何度も試作されて新しいのと取り替えられた。

江川の言った通り男性、女性の容姿や背丈も選べる。

鼻をもっと丸くて可愛く目もバッチリして、などと容姿もシリアス路線では無く親しみやすい可愛いものになっていった。

そしてついに江川の許可がおりた。

「江川お前凄いな」

影響力のある江川に修造は感嘆の声を上げた。

とうとう製パンアンドロイドアンコンベンチナルβ750の基礎が完成し、このリーベンアンドブロートから去る日が来た。

修造はアンコンベンチナルβ750に向かって言った。

「おい、俺たちはこれからもずっとパンを作り続ける、俺たちの手でだ。お前はこれから世に出て沢山のパン屋を助けるんだ。力のないお取り寄りや、ずっと仕事を続けるのが辛い人達のためにだ。頑張れよ」

それは自分の店のスタッフは勿論、しゅうちゃんを取り巻く人達にも言いたかった事だ。

「これで販売してまたバージョンをアップしていこうと思います」と鷹見が修造に挨拶した。

「中身は書き換えられるからあとはボディの動きが気になる。これから出会うパン屋さんの声に耳を傾けてよね」

しゅうちゃんを引き上げるときに江川が鷹見に言った。

一緒に来た平方が「こちらでは使われないですか?」と聞いて来たので修造は「まだ俺たちパン作れるからね」と言って断っていたが、江川はしゅうちゃんシリーズに情が移り寂しそうだった。

「しゅうちゃん、僕がひとりぼっちになったら一緒に仕事してよね」

こうして製パンアンドロイドはリーベンアンドブロートから居なくなった。

ーーーー

さて、製パンアンドロイドアンコンベンチナルβ750が世に出ることになった。

今までも製パン用のロボットはあったものの、とにかく故障が多くて困っていたがその原因の多くは粉の目詰まりによるものだ。その点β750は江川のしつこい要請により、ボディの周りを薄くて丈夫なシートでコーティングしてあるから目詰まりは防げる。

動きも滑らかになり、パン作りができるアンドロイドを平方は動画にとってあちこちに営業して回った。

昼前

修造は江川とプレッツェルをラヴゲン液に付ける作業中。

「とにかくチーズプレッツェルが人気がありますね」

「だな」

「修造さん、基嶋機械の後藤さんがお呼びです」

「わかった、今行くよ。登野さん、ここ代わってくれる?」修造は立花と作業中の登野にそう言って後藤と事務所に行く。

「修造シェフ、お世話になります」

「どうも、おかけ下さい」修造は向かい合わせでソファに座った。江川が通販で買ったピンクのソファで、色は派手だが座り心地が良い。

「アンドロイドの展示会をやる事になりまして、シェフにお知らせに来ました」

「それは良かった。誰か使ってくれそうですか?」

「そうですね、好感触なお問い合わせがありますよ。ところでシェフ、その時に製パンアンドロイドと一緒にデモンストレーションをやって頂きたいのですが」

「え!」

「ステージでシェフと一緒にアンドロイドがパン作りをするんです」

「俺が?」

後藤は修造が断りそうなのを読んで立ち上がって言った。

「いやー基嶋もですね、世界大会の時は一丸となって修造シェフの応援をしたものですねぇ」

「えっ!あ、はい」そう言われて修造はちゃんと座り直した。

基嶋が世界大会でのスポンサーになっていて、大会が終わったら講習会をしてくれと言われていた事を思い出したのだ。

「普通の講習会より難しそうじゃないか」

実際

アンドロイドと一緒の講習会とは?

一般的な製パン講習会はテーマを決めてやるものだが、大概は開催する企業の宣伝がついて回るものだ。例えばバターの会社ならその会社の製品を使うレシピを作って、それを受講者に配ってこんな風に使うとこうなりますとか、販売はこんな風にしてとか説明する。

機械の会社ならオーブンの機能やらミキサーの機能やらが際立つ様な製品を作って見せる。

「うーん」

俺が自分の動きと同じアンドロイドを人に勧めるのか?そもそも自分の意思じゃなかったのに一体どうやって?

いや待てよ

江川だ!

江川みたいに一緒にやって機能を見せるんだ。

製パンの動作から次の動作への横移動、これが難しい。そして次の作業の為の準備、製造。

となると俺は補助だ。

自分の仕事をしながらアンドロイドにも作業をさせる。

「成程」

修造は後藤と綿密な打ち合わせをした。

三輪と常盤にも細かい入力をして貰った。

実際に製品を使うのはお客であるパン屋なんだから、その人達が使いやすい様にしないとな。

大抵のパン工場は狭いんだ。機械が所狭しと置いてあってちょっとした隙間にも物が置いてある。

「普通に歩けるスペースは少ないんだよ」

「後藤さん」

「はいシェフ」後藤はいつもみたいに白い歯を見せて笑った。ほうれい線がクッキリと現れ目尻の皺が際立った。

「中々後手に回りがちなこの業界に光を当てる様な事をよくやってくれましたね。開発費も半端ないと思います。この計画が軌道に乗ってくれると良い」

「修造シェフ!ありがとうございます。講習会成功させましょうね」

「やるならやるで色んな人に便利に使える様に思って欲しい。俺はそう思います」

さて

デモンストレーションは製パン製菓の大型の展示会でおこなわれる。3日間あり、同じ会場では例の世界大会への切符が手に入る選考会もある。過去に修造も江川と一緒にここに来て、江川は助手の選考会を、修造は世界大会に出場する為他の選手と争い、2人してフランスに行き世界大会に出たのだ。

「懐かしいな」今日はパンの大会でなく、アンドロイドの補助なので、なんだか不思議な気持ちで会場に入った。

修造がアンドロイドと講習会をするとあって、そのブースの前は人が取り囲んだ。修造とアンドロイドが並んで講習を行い江川が司会進行。スタッフに大坂と登野が来ていた。

「今日は3人ともよろしくな」

「俺めっちゃ緊張してきました」「私も」と大坂と登野は変な汗をかいていた。

「練習した通りやれば良いよ。江川は全然緊張してないみたいだけど」3人は江川を見た。もうマイクを持ってイキイキとスタンバイしている。

ブースの後ろや横には開発の関係者が並んでいる。

「皆さんようこそいらっしゃいました。本日はリーベンアンドブロートのシェフ田所修造さんと基嶋機械のアンドロイドのデモンストレーションを行います。こちらが我が社とNN大学理工学部が総力を挙げて開発した製パンアンドロイドアンコンベンチナルβ750です」と後藤の挨拶のあと、江川が「β750のニックネームはしゅうちゃんです。しゅうちゃーん」そう言って手を振るとしゅうちゃんも「江川さん」と手を振って返事した。

実演が始まった。

修造が台の上に生地を広げて「350gで分割して」と支持する。しゅうちゃんは「はい分かりました」と返事して秤を使わずスケッパーを手に持ち生地を同じ大きさに分割した。

「これを見て下さい」江川は分割した数個の生地を計って見た。

「同じグラムだ」

「そうなんです計りは要りません、見ただけで計測出来て、持っただけで重さがわかります。一般常識的な事や、労働するにあたっての立ち居振る舞いはデータが入っていますし、無限に学習していく事ができます。AI機能で記憶していきますので同じことを何度も教えなくていい。今はパンの基礎的な知識だけですが雇う人の個性あるパンを覚え忠実に再現できるようになります。つまり貴店だけの製パンアンドロイドができあがるのです」

修造とアンドロイドの動きを見ながら、江川の説明をアンドロイド賛成派も反対派も真剣な面持ちで聞いていた。

次に計った生地で「成形してバヌトンに入れて」としゅうちゃんに言うと端にあった丸めた生地から成形をしていく。ポンポン叩いてガスを抜いた生地を裏返して何度か端を中心に向かって折りたたんでいき、それをまた丸めてカゴに入れていく。

会場から「ほお~」という一般客や、パン職人達のため息が漏れた。

何種類かのパンの成形が無事終わり、大坂が焼けたパンをテーブルに並べていくと業界人やパン職人達は観察したり写真を撮ったりどこかに電話したりしていた。

会の最後に「何か質問のある方」という江川の言葉に大木が真っ先に手を挙げた「このアンドロイドが職人並みに仕事できるかは今の内容では分かり辛いけど実際導入の手順はどうするの」

その質問にマイクを向けていた江川が「では後藤さんに伝えて頂きます」と言ってマイクを渡した。

「ご質問ありがとうございます。まず当社の方で基本入力を済ませたあと、働き先の歴史とレシピや工房の見取り図、働いてる方の顔が認識出来る様にデータを詳細に打ち込み、ベリファイ(検査入力)を行ってからの納品になります。納品後は何度でもバージョンアップできますからその点は安心です。初めは見習いですのでできることは少ないですが先程江川さんが説明してくれた通り無限に学習していきます」

他の職人がすぐ手を挙げた「パン職人の就職率が下がるんじゃないかと心配する声があるけど?」

「そうですね、全てのパン屋で導入するならそんな事になるかも知れませんが、基本は人の少ない部所や人手のない職場での仕事上のパートナー、労働の担い手として生まれたものです、そうは言っても皆さんが導入して下さるなら弊社としては願ったり叶ったりです」と、後藤が勢いよく言った。

「田所シェフの所でも使うのかい?」という質問に修造が答えた「実演までして言うのは何ですが、俺の所ではまだまだ必要ありません。ですが人手がなくて日々を何とか乗り切っている店は少なく無い筈です。あと何年頑張れるか分からないと思いながら営業を続けるのは辛い。延々と手伝ってくれる存在があるのは嬉しいが使いこなせなくては意味がない。なので導入後はミーテンリースの平方さんが手厚く面倒見てくれる様です」

皆一斉に平方の方を見たので平方は慌ててお辞儀をした「私にお任せ下さい」

「リース料の分も売り上げを上げないとな」と修造はしゅうちゃんに言うと、見物客からフフフと笑い声が上がった。

これを使うとこんな良い事があると理解して貰いたい、そう思って修造は続けた「パン屋のご主人を今の製パンアンドロイドが超える日が来るとは思いません。それは人間ならパン作り以外の心の深みや経験知識があるからです。お客さんの心がわかるから通じ合えるものがある。だけど永遠は無いんですから、例えば夫婦2人で経営していて突然ご主人が亡くなってしまったら残された者はどうなりますか?勿論一人でやっていけるならそれに越した事はない。でも雨の日もあれば照る日もある、挫けそうになった時、ご主人の代わりに手助けしてくれる存在が大事な時もある。いくらでも仕事ができて、力仕事をしてくれて、指示通り動いてくれて、もしそんなものがあったら夢の様でしょう。俺はそう思ってプロジェクトに協力しました。後藤さんの言う様に、もしかしたら高齢化のせいでどんどん無くなる店が増えるかもしれない。でもそれを少しでも遅らせる事ができたら良い」

アンドロイドのお披露目会の初日は無事終わった。

「いやー盛況でしたね。正直誰も来なかったらどうしようかと思っていました」

「ははは」修造も同じ心配をしていたのでホッとした笑いが込み上げた。

アンドロイドは会場の前に立ち、道行く人達が遠巻きに見たり話しかけたりするので後藤がすかさずパンフレットを渡しに行っていた。

そんな後藤を見て「あのバイタリティには感服するよ」と呟いた。

片付け終わって帰ろうとすると「修造さん、送っていきますよ」と平方が声をかけて来た。

「どうも」

「ああ!僕も行きますよぅ」江川も一緒に帰る事になった、大坂達に店の車を任せて3人は車に乗った。

「平方さん今後は営業で忙しくなるんじゃないですか?」

「講習会で撮った動画を配信したり一軒一軒まわって営業する予定です。今度は展示会を計画中です。あ、ちょっと待ってて頂けますか?1軒だけ感熱シールを納品させて下さい」

平方がパン屋の前で車を停めてダンボールを持って急いで入って行ったのを2人で見ていた「リットルパンですって、僕知らなかったな。中にはご主人とと奥さんが働いているんですね、あれ?」

江川は店の中で話している女性店員と平方の方をガン見した。「どうした江川」「僕の勘ではね、平方さんはあの奥さんに好意を持っていますよ」「なんでわかんの?そんな事。ほんとに奥さん?」修造も店の方を見た。青いエプロンをして、頭に赤いバンダナをしている店員と話している平方は確かに顔が赤い気がする。

「僕のお母さんぐらいの人ですよ」

「じゃあ平方さんと同じ年代じゃない?」

「ところでね修造さん、僕聞きたかった事があるんです」江川は平方を見ながら思い出した事を言った。

「和鍵さんてね、修造さんが好きだったんですよ、知りませんでしたか?」

「ええ?そんな事、でも和鍵さんの母親にもそんな事言われたなあ」

修造は遠い目をして言った。

「気がつかなかったしどうしようもない事だよ。勝手ばかりしてて申し訳なく思ってるのにそれでまだ他の女性に目移りなんてしたら俺はクズだ。律子に合わす顔がないし、それに律子って江川以上に凄く感が鋭いんだよ。ちょっとでも他の女性の事を考えてみろ」修造は背中がゾクっとしたのか身震いをした。

「それなら初めから何も気がつかない方がいいんだ」

「そういうものなんですかねぇ」

そこに平方が戻って来た「すみませんお待たせしました」

「平方さんって独身なんですか?」江川が聞いた。

「はい、もう50を過ぎましたがね。私はね、ずっと気になってる人がいて、とうとうこの年まで独り身のまま来てしまいました」

「え?それは相手の人は知ってるの?」

「いえいえ、それはとんでもない事です。ご存知ないですよ」

「もしこのまま気持ちを伝えないで終わっても良いんですか?それで平気なの?」

「言えませんよ絶対に」平方はアクセルを踏んで発進した。

江川は平方が気の毒で帰るまで車の中でずっとシュンとしていた。

ーーーー

リーベンアンドブロートの駐車場に北風が初めて吹いた日

修造達はシュトレンを、他の物は店の品を作っていた。

「すごい量ですねぇ、こんな時しゅうちゃんがいたらなあ」

「江川は愛着が沸いてたもんな」」

「だって単調な仕事でも何でも嫌がらずにやってくれそうでしょう」

「そうだ、それを今度鷹見教授に言ってあげよう」

その時建物の裏の倉庫から誰か入ってきて工房の扉をノックした。

立花が「興善フーズの納品じゃない?」と扉を開けて倉庫に納品に来た業者を出迎え数量をチェックしていると「ちょっと大坂くん」と呼んだ。

大坂はダッシュで倉庫に行ったが、その後なんだか立花に叱られている声がする。

「あの修造さん」

「どうした大坂」

「やってしまいました」と言って倉庫に大量に積まれたラズベリーを見せた。

先日アプリから注文した時に20と200を間違えて入力したらしい。

「あっ」修造はすぐ興善フーズに電話して詫びを入れて持って帰って貰った。

「何回もやったらお店の信用がなくなるんだから気をつけてね」と立花から注意されて小さくなっている大坂を見て「これがヒューマンエラーってもんだな」と笑って言った。

製パンアンドロイドと修造  おわり

読んで頂いてありがとうございます。

このお話は未亡人の目から見た『製パンアンドロイドリューべ』というお話に続きます。

少し未来にリューべは未亡人の所に現れて手助けします。

そして平方米男も。

そしてその何年も何年も先の話

修造はパンで作った小さな薔薇の指輪を平方に渡した。

「お幸せに」

平方は修造に作って貰ったパンの指輪を利佳に渡して「今度一緒に本物を買いに行きましょう。勿論前のを外す事はありません、二つすればいいんじゃないかと思っています」

「平方さん、ありがとう。これからはリューベと3人で仲良くやっていきましょう」そう言ったかどうか、それはまたいつか。

後書き

製パンアンドロイドリューべのお話が気に入って何度も読んでくれた女の子がいて、それがとても励みになりました。

このお話には自分の希望や願いが込められています。

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