パン職人の修造 江川と修造シリーズbroken knitting

修造が各ブースを練り歩いていた時
職人選抜選考会2日目は高校生パンコンテストが開催中だった。
その会場の中には前日修造達選手が作った作品がディスプレイされていた。
江川はそれをひとつひとつ丹念に見ていって、そして最後に修造のディスプレイを見てしみじみと言った「うん、どれも凄いけど僕たちのが1番凄いな」
その後ろでは高校生達が各ブースに分かれてパン作りをしていた。
江川はとてもレベルの高い高校生達のパン作りに驚いて大きな目を皿の様にして見ていた。
「あの子達凄ーい」
すると「江川君」とお洒落な女性が声をかけてきた。
「ほんと田所さんも佐々木さんも技術が高いわね。江川君もお疲れ様だったわね」
「あっBBベーグルの田中さん、その節はありがとうございました」
「いえ、良いのよ。あの時は優勝して良かったわね」
「はい、おかげさまで」
「今日はうちのパン教室の生徒さんが出てるから応援に来たの」

店に料理番組にパン教室か、田中さんも手広いな。と思ったその時、父兄の団体が到着したのかその一帯が人でいっぱいになり田中とは距離が空いた。
「またね」と手を振って田中が消えたので江川もその場から立ち去って、朝は一緒に来たのにそれ以降全然会わない修造を探した。
通路を四つ辻ごとにキョロキョロ探していると鷲羽と園部が見えた。そしてその手前にひとりの青年が立っている。
年の頃なら自分ぐらいだろうか。
知り合いかな?話しかけないのかな?
「ねぇ鷲羽君、園部君、修造さん見なかった?」
「ごめんね、見なかったよ」
「自分で探せよ!」
うわ!園部君に比べて鷲羽君の言い方腹立つな。
そう思ってそれ以上近寄らず角を曲がって立ち去った。
江川も色々見て回ったが、コンテストの会場は人でいっぱいだし、どこにも修造はいないし。。
寂しくなって会場の外のベンチに座り、パンフレットで場内の地図や参加店を見出した。
へぇ、去年来たのと同じ感じだけど、懐かしいな。
ここに来て修造さんは世界大会に出る決心をしたんだ。
僕始め世界大会って空手の事だと思ってた。
江川は思い出して照れ笑いした。

「おい、何を笑ってるんだ」
「あ、大木シェフ。休憩ですか?3日間大変ですね審査とか進行とか」
「そうだな、若い力を育ててパン業界を盛り上げるのが使命みたいなもんだよ。おい、お前もそのうち手伝うんだぞ」
「はい、僕今日何もすることが無くて困ったので手伝った方が良いです」
「今日の夕方は前日準備だな!鷲羽は手強いぞ、それに他の3人もな」
「残りの3人ってどんな人ですか?さっき鷲羽君をじっと見てた人がいたけどその人かな?」
「1人は福岡のSS料理学校のパンコースの沢田茉莉花、1人は関西のT調理師養成学校のパンコース龜井戸孝志、そしてブーランジェリー檜山で働いている木綿彩葉だ」
「きっと技術が高いんでしょうね」
「そうだな、成績の良い若者ばかりだよ。江川、帰ってちょっと休め、夕方の準備をイメトレしとけよ」
「はい」
江川は言われた通りにホテルに戻りまた夕方駐車場に行き、車から自分の資材を運んだ。
ブースの前の空間で
4人が輪になって立っていて江川を見ている。
「遅かったな」
「あ、ごめん鷲羽君」
大木がやって来た。
「では各自挨拶してから前日準備を始める様に」
皆に挨拶してから江川は思った。

あ、昼間鷲羽君を見てたのはこの人たちじゃ無いんだ。
「鷲羽君、今日知り合いの人が来てたみたいだけど会えた?」
「知らなかったな」
「そうなの?わかった」
修造はすでに江川のブースで忘れ物がないか確認に来ていた。
「さ、始めて江川」
「はい。僕緊張して手が震えてきました」
「大丈夫だよ、リラックスして。計量は間違えない様に」
「はい」
選手の与えられたブースは4メートルに区切られていて、その中にミキサー、パイローラー、オーブン、ドゥコンなどが設置されている。
先に始める生地の材料や必要なのものからブースの中に入れて、その他の後でやるものは次々出していく計算だ。
明日は修造があれこれ手前から注意してくれたり必要なものは後ろから用意してくれるからその点は安心だ。
種を作った後、ホッとして「修造さん、明日はよろしくお願いします」と言った。
次の日
若手コンテストも早朝から始まった。
皆、緊張の面持ちでスタートした。
鷲羽と江川は隣同士ではなく、間に沢田茉莉花がいたのでお互いの気配は全くわからない。
緊張してなにかの工程を飛ばさない様に気をつけてスケジュール通りに慎重に。
修造は江川の体調が心配だったが、もうこの場においては頑張って貰うしかない。

江川!お前は個性的な奴だ。その個性とセンスを最大限に生かしてはじけるんだ。
祈るような気持ちで江川の進行を見守りながら修造は横にいた大木に話しかけた。
「大木シェフ、ここまでの期間色々面倒見て下さってありがとうございました。結果はどうあれ俺も江川もいい経験になりました」
「江川がお前の助手も自分のコンテストも両方やると聞いて、正直どちらも疎かになると思っていたが、どうにか乗り越えられそうだな」
「はい、江川は頑張り屋さんだな」
「鷲羽は元々よくできる奴だったが江川のおかげで益々技術が上がったな」
「はい、ライバルって良いですね」
鷲羽はパンの専門学校に行ってた時、他を押し退けてまで技術の習得に熱心だったので、敵も多かったらしいが、今日は1人で集中して結果を出そうと必死だった。
コンテストに出た全員が粛々とパン作りを進行させていた。
江川の持ち物の中には修造に貰ったカミソリとホルダーがあった。
江川はそれをまるでお守りの様に思い、握りしめて手の震えを抑えるのに役に立った。
そのうち建物が開場になり、チラホラと人が増えて来た。
昼間になると結果発表迄に会場を回って資料集めをする人達で一杯になって来る。
今日の夕方はとうとう審査の結果がわかる。
「流石に気になるな」修造も緊張してきた。
修造は、江川のブースの後ろに周りそろそろパンデコレのものを運び込もうとした。園部も今日は鷲羽の為に色々手伝ってやっていた。
「江川これ置いとくよ」「はい」
鷲羽のパンも揃ってきた。

いい出来だ。
鷲羽は勝利を意識しだした。
その時、テーブルがバターンと倒れた様な音がした。
「なんだ」
自分のブースの後で大きな音がしたので胸騒ぎがした鷲羽はすぐに覗きに行った時、園部が急に走り出した。
「あっ!園部どこ行くの!」
走り去る園部の背中を目で追ったがそれどころでは無い!鷲羽のパンデコレの部品が乗ったテーブルが倒れている。
「うわーっ」鷲羽の叫び声が聞こえたので修造が駆けつけた。
鷲羽は膝をついて箱の中を見ながら「園部が」と修造に言った。
中を覗くとマクラメ編みが割れている。
修造は「諦めるな!まだ時間はある!修復するんだ」と言って走り出した。

修造は長いリーチで走る園部の背中に距離を詰めて行った。
しかし何かおかしい。
園部が見えてきた、その前に誰か走っている。
角を曲がって真っ直ぐ行くと出口だ!
「おや」
興善フーズにいた背の高い男は、走っている3人の男に随分先から気がついた。

ブースの中から見ていると先頭を走る男が近づいてきたので、それ目掛けて2段構えの台車の下を「ポン」と蹴った。
「うわ!」
先頭の男が台車に片足をぶつけて勢いよく転けた。
「あ、ごめんね」と言って素早く隠れて見ていると、園部と修造が追いついた。
「修造さんこいつがテーブルを倒したのを見ました」
「なぜだ!何故やった?」
騒ぎを避け、修造と園部は一般の客から見えないパネルの後ろに男を連れて行った。
よく見ると園部と同じ年頃だ。その青年は修造の掴んだ腕を勢いよく振りほどいた。
「あいつが悪いんだ。専門学校にいた時、ずっと俺を見下していた。昨日見かけた時目があったのにあいつ全然俺に気がつかないで無視した。忘れてるんだと思ってすごく腹が立ったんだよ。俺があいつに前向きな人でなしってあだ名をつけてやったんだ」
「確かにあいつは無神経なところがある。だがそれと努力して作り上げたものを一緒にするな」

修造はその男の代わりに後ろのパネルを思い切り正拳突きをして「努力の結晶に敬意を払わない者はこの俺が許さない!」と一喝した。
そのあと2人は男を警備員のおじさんに引き渡した。
鷲羽の所に戻る道すがら園部は珍しく口を開いた「みんなは英明の事を悪く言うし、英明は口が悪いけど根性は腐っていない。あいつはいつも熱い奴です。それは俺が保証します」
「だな、園部。あいつは良い友達を持ったよ」
2人が立ち去ったあと、背の高い男は修造が穴を開けたパネルを「あ〜あ」と言って見ていると、興善フーズの営業が通りかかった。
「ねえ、ごめんねこれ、割っちゃったんだ」
「え、これシェフが壊しちゃったんですか?どうやったらこんな風になるんです?」と逆に聞かれて困ったが、笑ってごまかして上にポスターを貼って隠して貰った。
「これで大丈夫です。その代わりと言っちゃなんですが~、ねえ、シェフ。今度うちの講習会に出て下さいよ」
「これが終わったらブラジルに行くから無理かなあ。だからまた今度ね」
背の高い男はそう言いながら「え~」と追いかける興善フーズの営業と戻って行った。
その頃鷲羽は震える手で他の選手に随分遅れてパンデコレの仕上げをしていた。
一部修復は無理だったがなんとかつなぎ合わせ、大木が色々アドバイスしながら仕上げることが出来たが、完成予想とは格段に劣る。

力なく他のパンの真ん中に置いてあと片付けをしていると、園部と修造が戻ってきた。
「ごめん、俺が見てたのにこんな事になっちゃって」園部は残念そうに謝った.
「園部、疑ってごめん。園部がやったんじゃなくて本当に良かった」
鷲羽の瞳から改めて安堵の涙が溢れた。
「園部はテーブルを倒した奴を捕まえようと走って行ったんだよ」修造が説明した「お前の事を恨んでる様だったよ。あいつが鷲羽の事を前向きな人でなしって呼んだんだな」
そう言われたが、本当に全然覚えていない。俺って本当に困った奴だ。割れたかけらを見て、改めてこんな性格が引き起こした事だと思う。
江川の作品を見た。

案外カッコいい。
蜂の巣と菩提樹の花をモチーフにしたパンデコレ、夢に出て来た草原のサワードウ、親方の教えてくれた「ぶちかましスペシャル」とか言う編み込みパンなど工夫が凝らしてある。
「あいつの勝ちだな」そう思った。
全ての選手が自分のパン作りについて審査員のシェフに説明をしていったが、鷲羽の様子を見てみんな気の毒でどんな顔をしていいか分からない。
さて、とうとう選抜選考会の優勝者が発表される場になった。3日分の優勝者が今日発表になる。
こういう時って本当に誰が選ばれるかわからない。
鷲羽は若手コンテストの選手の中に混じって立っていた。
大木がマイクを持って司会進行の元
各選手のパンが並べられている前に立った世界大会の出場者から発表される。
憔悴してぼんやりと立って見ていると、修造の名前が呼ばれる。
修造は段の上に立ち、前回の優勝者からトロフィーを受け取った。
すごく眩しくてキラキラして見える。やっぱカッコいいな修造さん。

江川が両手を上げてやったーと叫んで人一倍拍手している。
大勢の人が修造の写真を撮っていた。
その向こうにそれを見ている佐々木が自分と同じ様な表情で立っている。
俺分かりますよ。あなたの気持ち。
俺、絶対優勝するはずだったんですよ。
その次は高校生パン教室の優勝者が選ばられた。凄い盛り上がって大騒ぎになった。父兄が集まってきて人でいっぱいだ。
その最中、若手コンテストの結果発表が始まる。
会場はザワザワしだした。
江川の名前が呼ばれて、鳥井シェフからトロフィーを受け取っている。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
そんな事を言ってるんだろう。
次に鷲羽の名前が呼ばれた。
審査員特別賞
鷲羽はうやうやしく賞状と盾を受け取り頭を深々と下げた。
そして後ろに立って全員を見ていた。
少し涙が出てきた。
疲れてるだけだ。
鷲羽は少し離れたところに座り込んだ時、横に立った人影を見た。
「大木シェフ」
「俺、自分の性格が原因で色々とダメになってしまいました。練習を最後まで見てくれたのにすみません」
「おい、がっかりするな」
大木は座り込んだ鷲羽の二の腕を大きな手で掴んで起き上がらせた。
「お前はまだ若いんだ。一度負けたぐらいでなんだ。まだまだこれからチャンスはたんまりある。園部と切磋琢磨して修造の跡を追え。フランスに行きたいんなら先に修行に行け、帰ってきたらまたうちで練習しろ。俺が練習を見てやる」
「えっ」
「俺が目をかけてるのを忘れるな」
鷲羽はパンロンドの親方が言ったことを思い出した。
いつか大木シェフと気心が知れる様になるといいな。
今がその瞬間なんだろうか。

鷲羽の瞳から大粒の涙が溢れた。
「ありがとうございます」
「俺、フランスに行ってきます」
「そうだ!フランスの空気をたっぷり吸って来い!ルーアンに国立製菓製パン学校があって、講師の中にはM.O.F(フランス最優秀職人)のタイトルを持つ先生もいてるんだ。短期コースもあれば2年間学べるコースもある。佐久間に色々面倒見る様に頼んでやる。パスポートを用意しとけよ」
「はい」
鷲羽は天井の無数のライトを見上げて言った。
「下を向くのは俺らしくない」
おわり
broken knitting 壊れた編み目
INBP(Institut National de la Boulangerie pâtisserie)フランス国立製パン製菓学校
M.O.F(Meilleur Ouvrier de France)フランス最優秀職人
この作品は2022年04月29日(金)にパン屋のグロワールのブログに投稿した物です。
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