背の高い挑戦者 江川 Flapping to the future
はじめに
このお話はフイクションです。実在する人物、団体とはなんら関係ありません。

今日は修造の休みの日。
アパートの部屋のグリーンのソファに寝転んで修造は大あくびをした。
「ふぁーーーっ」
「律子と緑は友達の誕生日会に行ってるし、久しぶりにゴロゴロしてテレビでも見るか。」
修造はテレビをつけた。
バラエティ番組が流れている。

ボーッと見ていると子供が三皿の料理を順番に一口ずつ食べている。
ママの作った料理はどれでしょう?おいおい、毎日食べてるんだからわかるだろ?えー!それは一流シェフの作ったヤツだ、それはコンビニの!やばいあの子コンビニのを選んだぞ!それがママの料理って、、あーほら。ママが泣き出した。
俺だったらどうかなあ。律子の料理だからわかるだろ。
そんな事を考えながらウトウトしていた。
ひまだな~
そうだ、これから鳥井シェフの所に寄ろうかな。
ドイツから帰って一回挨拶に行ったきりだし。
そうしよう。
ーーーー
一方パンロンドでは社長の柚木(通称親方)にまたしてもNNテレビの四角ディレクターから電話が掛かって来ていた。
「はい、あー四角さん。その節はうちの職人達がお世話になりました。え?撮影?うちでですか?何するんですか?パン職人の一日?何ですか?それ」
電話の向こうで四角が答えた。
「パン屋さんにお邪魔して、パン職人さんが普段何をしてるのか撮影して視聴者の皆さんに知ってもらうコーナーです。夕方のニュース番組の中程で三十分やります」
「撮影はいつですか?」
「次の水曜日です。放送はその次の日です」
「とにかくでりゃあ良いんですね?はい了解〜」
「それで、どなたか職人さんの奥さんに持ってきて欲しいものがあるんですが」
「なにそれ?」親方は四角の説明を聞いてニヤッとした。
「楽しみだなあ」
ーーーー
修造は電車に乗って鳥井シェフの店ベッカライVogelnest(鳥の巣)に来ていた。
鳥井シェフの所に来るといつも美味しいドイツパンを御馳走してくれる。それが楽しみの一つでもあった。今日はミッシュブロートにBlauschimmelkäse(青かびチーズ)にイチジクとナッツがのったパンとチーズプレッツエルを出してもらった。どちらも修造の好物で美味すぎてもうここに住みたいぐらいだ。

「ご無沙汰してすみません」
「久しぶりだね修造。あれからどうしてるの?」
「はい、これからパンロンドの親方に恩返しした後、国へ帰ってパン屋を開業しようと思ってます。それで今は自分が抜けた後困らない様に後輩を育てています」
「開業!そうなんだ!それは楽しみだな!じゃあ俺がパンの機械や材料の展示会に連れてってやるよ。来週の水曜空けといてくれよ」
鳥井に大きなパン関連の展示会に連れて行ってもらう事になった。
「どんなのだろう!噂では聞いてたけど行ったこと無かったから楽しみだなあ!」
修造は帰り道、パンロンドの柚木に電話した。
「もしもし親方ですか?あの来週の水曜、、」
「おっ!修造丁度良かった!来週の水曜うちにテレビが来るんだよ」
「えっ⁉︎」
「パン職人の1日とかいう放送をやるんだってさ」
「あの〜その水曜なんですが、俺用ができてどうしても行かなきゃならなくて。収録は何時なんですか?」
「十時からって言ってたよ。用が済んだら絶対来てよ」
「わかりました」
と言いながら、テレビが嫌な修造は収録が終わった頃を狙って店に帰る計画を立てていた。
ーーーー
そして水曜当日、修造は律子に「今日展示会に行ってくるよ」と言った。
「パンロンドにテレビが来るんでしょう?それはどうするの?」
「パンロンドに戻ったらもう終わってるかもね」
そう言って修造は律子と行ってきますのハグをした。
いつもの通り律子からフローラルなトリートメントの香りがする。
東南駅から展示会場迄は電車で二十分だ。
駅を降りると展示会場に行くっぽい人が何人か歩いているのでその人達について行った。
修造と鳥井は展示会の入り口で待ち合わせていた。
「大きな会場ですね」
「ここは業界一の展示会なんだよ。なんでもあるだろ?まずオーブンから見ていこうか。」鳥井が会場見取り図を見ながら言った。
「はい」
その会場は1日では回り切れないほどのパンやお菓子関連の機械屋、袋屋、資材屋、大型店用、小売店用などの様々なものがそれぞれ会社ごとに展示してあって、どれもこれも珍しくてワクワクするものだった。
鳥井があの会社はこうでこの会社はこうでと色々説明してくれていた。
その時
会場の1番奥ではコンテストが行われている最中だった。
パン職人選抜選考会と看板に大きく書いてあり、かなり大きなコンテストの様だ。
「あれは?」
「今は二十五歳以上のシェフが世界大会に出る為の選考会が行われているんだよ。その横では若手コンテストと言って二十一歳以下の若い職人が競い合ってるんだ」
見ると、四メートル毎に四つに仕切られたブースの中にはパン作りに必要なミキサー、オーブン、ドウコン、パイローラーなどの機械がそれぞれ備えつけてあり、その中では選手と助手の二人が力を合わせて作品を作っている。更にその横では同じように四人の若い職人がブース毎に分かれてコンテストに挑戦していた。
鳥井は続けた。「そして二つの優勝者同士が一緒に世界大会に出るんだ。シェフと助手としてね」
修造が興味ありげにしているのを鳥井は見ていた。
「ここに並んでるのは優秀な選手達の作った作品だよ。芸術的で立体的だろ?」
そこには見たことも無いような勢いのある彫刻の様なパン生地でできた作品が並べられていた。

選手達の作った作品を見るために沢山の人達が十重二十重に取り囲んでいる。
「凄いな。パンで出来てるとは思えない」
そこへコックコートを着た大柄な男が近づいて来た。
鳥井がそれに気がつき「修造こっちへ来いよ」と呼んで、大木というコンテストの重鎮を紹介してくれた。
「ベッカライホルツのオーナーの大木シェフがこの大会を取り仕切ってるんだよ。俺と大木シェフは昔同じ職場で働いてたんだ」
「パンロンドの田所修造と言います」
「よう!テレビで見てたよ」大木は気さくに挨拶してくれた。
そして選手が組み立てている途中の技術の高い飾りパンを見せてくれた。
選考会に選ばれる為に一流選手が自分の持つ技術の全てを注いだ作品を作っている。
修造は選手の技術の高さに衝撃を受け、釘付けになった。
凄い、こんな高い技術のパン職人が集まってるんだ!
どうやって作ってるんだこの飾りパンは?
パンの世界は奥が深い、追っても追ってもキリがないんだ。
目をキラキラさせて見ている修造の肩を大木が大きな手で掴んで言った。
「おい!1年後の選考会にお前も出ろよ! 俺が練習見てやるよ!」
「はい」
俺もこの大会に!
修造は急に腹の底から何か熱いものが込み上げてきた。
「まずは1次審査に通ることだ!」
「あの〜うちの若いのも連れてきて良いですか?」
「勿論だよ」
修造は実演している選手の前に行って前のめりに見ていた。
それを後ろで見ていた鳥井と大木にそのまた後ろから声をかけてきたニ人の男がいた。
二人共コックコートを着ている。どうやら大会の関係者の様だ。
一人はパン王座決定戦に出ていた佐久間シェフで、もう一人は背が高く白毛混じりの短髪の男だ。
「頼んだぞ大木、鳥井もここまで連れてきて貰ってすまん」」
背の高い男は大木達に声をかけた。
四人は心安い関係らしい。
「なんだよ、自分がコーチをしてやったらいいじゃないか」
大木はその男に呆れながら笑っていった。

「俺は他の子のコーチだからね」
そして修造を遠くから見ながら「俺は手抜きはしない。」とボソリと言った。
修造と鳥井はは一通り選手の作品を見た後会場を出た。
駅まで歩きながら「大木シェフって親切な方ですね」と鳥井に言った。
「出来るだけ優秀な選手を育てて世界に勝たないとね。修造も出ると決めた以上は頑張れよ」
「はい。俺頑張ります」
修造の頭の中はもう自分の作る作品のことでいっぱいになっていた。
「はい!みんな~!これ着て!」
その頃パンロンドでは、店の奥さんがみんなにお揃いの帽子を渡して新しいコックコートに着替えさせていた。
いつもTシャツの親方は着るのは嫌だと抵抗したが奥さんには逆らえない。
「テレビが来るからみんな張り切ってね」
「そろそろ時間なのに遅いですね」
「そうだな」
「さっき電話があって前のロケが押してて遅れるそうよ」
「今のうちに仕事片付けとこうよ」
みんなお揃いの帽子を被って仕事を片付けて待ち構えた。
杉本がワクワクして「テレビってどんなのかなあ〜」ピョンと跳ねた。
江川は「僕緊張するなあ。修造さんまだ帰ってこないの?」とガチガチになってきていた。
「ウフフ、大丈夫ですよ江川さん、リラックスしていきましょう」と藤岡が2人を見てニコニコしている。
そのうちにアシスタントディレクターが一人でやってきた。
「こんにちは、今日お世話になります。こちら本日のロケの台本ですのでお渡ししておきます」親方に台本を渡して「では後ほどよろしくお願いします」と言って去っていった。
親方は台本を開いて「なになに、、パン職人の一日。おいみんな!順番に特技を披露するみたいだぞ」
「何するんですか?」
えーと、、と全員が台本に食いついていた。
そして「あ、すぐあの人に連絡してあれ持ってきてもらわなくちゃ!」と親方が言った。
「ウフフ、楽しみですねこれ!」と江川がはしゃいだ。
「修造さん早く帰ってこないかなあ」
修造はわざとノロノロ帰っていた。
「もうそろそろ撮影終わったかなあ。店に戻ったら残った仕事があったら片付けて帰ろう」
その頃。パンロンドにやっとテレビ局の四角ディレクターとさっきのAD、カメラマンと音声の人が四人でやって来た。
その後でマウンテン山田が登場した。
江川が「あ!マウンテン山田さん!」と叫んだ。
「その節はどうも~今日はよろしくお願いします」
マウンテンはNNテレビのパン王座決定戦の時に審査員席に座っていたお笑い芸人だ。
「いや〜柚木社長!遅くなってすみません」四角が親方に話しかけた。
「早速撮影を始めたいと思います。まずはざっと一日の流れを社長からご説明して頂きたいと思います。マウンテン山田の質問に答えて、自由にお話し下さい。」
そしてみんなが緊張の面持ちの中、アシスタントディレクターが小型のマイクを付けていった。小さなマイクの先をコックコートの襟につけていく、そこから線を後ろに回してその先の本体は後ろからベルトに取り付けられた。
「タレントみたい」と杉本がワクワクして言った。
親方とマウンテンが二人でパン工房の入り口に立ち、カメラの方を向いた。ディレクターが無言で指を三、ニ、一と指示してカメラが回り出した。
「こんにちはー!マウンテン山田の1日何やってんの?のコーナーの時間がやってまいりました〜!柚木さん!初めまして!マウンテン山田でーす!」
「よろしくお願いします」
「早速ですが、パン屋さんって早起きのイメージがありますが、朝は何時から始まりますか?」
「そうですね、朝は交代制で四時から始めています。前はもっと早かったんですが、最近は遅くなりましたね」
「どんな事をするんですか?」
「奥では仕込み、そして真ん中の大きなテーブルで分割成形、そして店側の窯の所で焼成、そのあと店で販売の流れになります」
「ところで社長はみんなから親方って呼ばれて親しまれてるらしいですね。何か由来はあるんですか?」
「ボクは昔から力持ちな事と、見た目もお相撲さんっぽいから親方ってあだ名だったんですよ」
「そうなんですね、では親方!どのぐらい力自慢か試して頂けますか?」
急にマウンテンがカメラに向かって「親方は力持ちでショー!」と言った。
後で編集して、お茶の間の視聴者にはわかりやすく画面に文字が出る事になっている。
「さあ!では親方にはこの粉袋を持ち上げて頂きましょう!」
藤岡と杉本が脚立に乗って粉袋を親方の右肩に乗せた。
「まずは右に二十五キロ、そしてもう片方の肩にも二十五キロ」
重っ!と親方は思ったが我慢して左肩にももう一つ乗っけた。
「すごーい親方!ひょっとしてもう一袋ずつ行けそうですね!」
「う、ぐ、ぐぐ、、そうですね。。」
親方は内心持てる気がしなかったが仕方ない。
もう一袋を右に!明らかにバランスが悪い。
「では左も乗せましょう!」
「う、うおーっ」と雄叫びをあげて親方が満身の力で右肩に合計五十キロ、左肩に五十キロ乗せた。
「うわー!凄い!親方!まだいけますね!」
「え?」
親方は声が出なくてあうあうと口を動かした後、歯を食いしばり、もう二十五キロずつ肩に乗せ、もし倒れて粉袋に穴が開くと勿体無いから耐えた。

「パン屋さんってこんなに力持ちなんですかあ?」とマウンテンが聞いたら周りのみんなが「んな訳ないない!」と言った。
やっと粉袋を下ろして貰って「はぁ〜っ」と床に手をついてぐったりした親方に、マウンテンが「大丈夫ですか?」と聞いた。
「気にしないで撮影を続けて下さい」と地面すれすれで四つん這いのまま言った。
「さあ!次は?」マウンテンはカンペを見た。
「ふんふん!はい!パン職人さんの日常!次はお二人で生地を分割して並べて頂きましょう!」
杉本がカッコつけてスケッパーで生地を分割している。
「普段と違いすぎるだろ」と言いながら藤岡が丸めて箱の中に並べていく。

「なるほど~こうやって生地が丸まっていくんですね、もっと早く出来るんですか?」
「はいできますよ」
「凄い!お願いします」杉本は出来るだけ早く分割し始めた。
「さすが!凄い早いですね〜もっと早くできます?」
「はい!」
めちゃくちゃ早く分割し出した杉本に
「大きさがバラバラだよ」と藤岡が言った時、慌てすぎてスケッパーが親指の第一関節辺りににカン!と当たった。
「ウワオ!」杉本が叫んだ。
親指を押さえてる杉本にマウンテンが「大丈夫ですか?」と聞いた。
「大丈夫です。気にしないで撮影を続けて下さい」
藤岡は痛がる杉本の親指を調べた。
「良かった。骨折はしてないみたいだな、、ハハ」と苦笑いした。
マウンテンは「さあ次は?」とカンペを見た。
「クイズ職人さんの知識〜!職人さんにパン屋さんならではの知識を披露して頂きましょう!では質問です」
マウンテンはADがスケッチブックに書いて見せたカンペを見ながら
「Roggenロッゲンとはなんの事でしょう?」と聞いた。
「ラ、ライ麦」
「さすが!正解です」江川はほっとした。
そしてゆるい問題が出る様に祈った。
「では次の問題は、小麦の粒の問題ですね!小麦の粒の表皮ってふすまって言うそうですね」
「はい」
「それではその表皮の部分は小麦の粒の全体の何パーセントでしょう?」
「え?えーとえーとふすまのパーセント、、たしかそんなに多くないんだ。。あー!わかった!十五パーセント!」
「おー!さすがですね!それではこれが最後の問題です」
江川は緊張で頭がクラクラしてきた。修造に早く帰って来て欲しい。
「パン生地をこねる事をニーディングと言いますが、では生地の腰を出す為に台に叩きつける事をなんと言うでしょうか?」
「え?えーとえーと」ピーリングでもカーリングでもない、、ボーリングでもない、、
よく聞く言葉なので解っているのに、いざ答えるとなると江川は頭が真っ白になってしまった。
えーとえーと?江川は目を白黒させた。「アーリング、イーリング、ウーリング、、」アから順に思い出そうとしていた。
そこにやっと修造が帰ってきた。
店の奥のシューケースの陰で親方が寝転んでいる。「親方!何やってんですか?」
「おう、、修造おかえり、、」親方は力を使い果たして立てなくなっていた。
工場を覗くと「あ!まだやってるのか。でももう終盤かもしれないし。。」
そう思って撮影の真っ最中の江川を見た。
「もう一度聞きますよ〜あと一問ですよ~」と時間がかかったので撮り直すためにもう一度マウンテンが江川に問題を出した。
江川が顔面蒼白になり口をパクパクさせてあうあうとなってるので、修造がADのカンペを取り上げてマジックで答えを書いてみせた。

「あ!修造さん!」
江川は急に元気になり答えた。
「ビーディング!」
「さすが〜正解です!さあ、ここまでトントンときましたね。お次は最後の問題です。クイズ〜!私と仕事どっちが大事〜!」
「さあ、それではこちらの職人さんに目隠しをして頂きましょう」
「エッ?!」
修造はADに腕を掴まれて「こちらです」と言われて台の前に座らされ、アイマスクをさせられた。
「何が始まるんだ?」
「さあ、それではこちらのクリームシチュー五皿の中から愛する奥様の手料理を当てて頂きます!」
修造の前に五皿のクリームシチューが置かれた。
マウンテンがクリームシチューの作り手を紹介した「一つは奥様の手料理です。そして名店【グリル篠沢】。コンビニのレトルト。スーパーの惣菜。そしてわざと奥様のお料理と味を似せた当番組のADが作ったものです」
「えっ!律子の料理が?もし外したら俺家に帰れないじゃないか」
修造はぞっとした。それに万が一間違えて律子を泣かせる訳にいかない。
何がなんでも当てなきゃ。
修造は集中してありとあらゆる感覚を解放した。
味覚に嗅覚、そして聴覚まで。アイマスクの中では目を爛々と輝かせていた。

律子のクリームシチューは可愛いハートの人参が入ってるんだ。
玉ねぎは大きめ、じゃがいもは普通かな?
そして仕上げに生クリームとバターを入れてる。当てるぞ絶対!
しかし決意に反してなかなか難しいものだった。
何せ味だけで決めるのは、、
「修造さん、アーンして下さい」江川は修造に一番手前のクリームシチューから順にスプーンですくって食べさせていった。
修造は心の中で真剣に味見した。それはこんな具合だった。
うーん、これが手作りな訳ないよな、レトルト特有の閉じ込められた味がする。これは違うな。
二番目は美味すぎる。プロの味だな。全ての具材が理想的な調和を生み出している。律子には悪いけどここまでの味は中々難しいだろう。
三番目はうーん、限りなく近い!これはキープだな。何となくハートの人参な気がする。
四番目はあれ?これもなんか正解っぽくないか?さっきのとどう違うんだろう?これもニンジンがどうやらハートっぽいぞ。3番目に食べたやつと似ているな。
残るは五番目、これは濃すぎないか?律子がわざと当てられないように濃くしたのでなければこれは違うな。。
「全部食べ終わりましたね!どうですか?田所シェフ!愛妻の料理はわかりましたか?」
「あの、、三番目と四番目をもう一度味見して良いですか?」
「おっ!パン王座決定戦で優勝した田所シェフが今度は三番と四番の二択に挑みます!僕その時審査員してたんですよ。」
「知ってますよ」修造はアイマスクをしたまま適当に答えた。マウンテンには悪いがそれどころではない。
律子はいつの間にかそっと修造の後ろに来ていた。両手を合わせて祈っていた。
修造なら絶対わかるよね。
修造、仕事と私どっちが大事なんて言わないわ。
だって両方大切にしなくちゃダメなんだもの。
それでこそ修造よ。。
それにしてもADさんの作ったのってそんなに私のと味が似てるのね。。
いつも私が愛情込めて作ってるのにわからないものなのかしら?
外したらもうあなたの帰る家は無いからね。
律子はそんな風に思っていた。
修造はシチューを二種に絞り込んでもう一度味見した。
ハートの人参は両方に入っていてどちらも同じ大きさの人参だった。
ルーの感じもよく似てるんだな。うーん。
修造が悩んでいると辺りから律子の香りが修造に届いた。
「律子そこにいるのか、近くに。」
俺が律子の事をわからないとでも思ってるのか?
修造は律子が作ってるところを思い出した。
そうなんだ!わかったよ。フライパンの味だ。
焼き目だよ!律子はいつも鉄のフライパンを使ってるんだ。
野菜の端が少し香ばしく焦げてる方!
「答えは3番だー!」修造は立ち上がってアイマスクを外した。
「正解です!田所シェフ!」マウンテンが叫んだ。
振り向くと律子がウルウルして抱きついて来た。
「修造ありがとう」
「律子俺やったよ」

抱き合う二人を見て「バ、、」
マウンテンはベタベタする夫婦を見て危うくバカップルと言いかけて口を閉じた。
馬鹿夫婦と言うとまた意味合いが違ってくる。
「いや~どうでしょうねベタベタして。これはほんまにごちそう様ですね、ウマウマウンテンですね~」と締めくくった。
これで全ての収録が終わった。
四角が「親方今日はご協力ありがとうございました。今から帰って編集します。明日の夕方のニュースを楽しみにしてて下さいね」
やっと復活した親方が言った。「はい、またね。ありがとう」
テレビ局の人達とと律子が帰って、明日の仕込みを始めた時、修造がユニフォームに着替えながら「あ!そうだった!」と走って来て作業中の江川に声をかけた。
「江川」
「はいなんですか?」
「世界大会に出よう。」

江川は世界大会と聞いて驚いた。
空手の世界大会?そして漫画に出てくる様な大きくていかつい空手家に自分がぺちゃんこにやられているところを想像した。
「せ、世界大会ですか?」足が震えた。
「な、何言ってるんですか?」ちょっと涙がでてきた。
「二年後に。」
「俺とお前は別々に選考会に出るんだ。それでどちらかが落ちたら二人では出られない。選ばれたらの話だけどな。」
「修造さんとぺ、、ペアで?」修造の後ろに隠れていたらひょっとしたら逃げ切れるかも知れないが捕まったら終わりだ。。。と想像して膝がガクガクする。
修造は江川を若手のコンクールに勝たせて、世界大会に助手として一緒に出ないかと持ち掛けた。二人で今から練習を重ねれば行けるかもしれないと思ったからだ。勿論修造が世界大会の代表選手に選ばれなければ無い話だ。
「僕、今から空手を習うんですか?ぼ、僕まだ死にたくないです。」世界大会に出る前にいかつい選手と戦って砕ける。そんな風に勘違いするぐらいパンの世界大会は江川にとって想像もできない遠い存在だった。
「何言ってるんだ、パンのだよ!」
「えっ!?パ、パンの?わかりました。修造さんが出るなら僕も出ます。」
藤岡はこのやりとりを聞きながら、もし俺や杉本を誘ってくれてたら江川さん許さないだろうなあと思っていた。
「江川さん、頑張って下さいね。」
「うん空手じゃなくて良かったよ。僕頑張るね。」江川から安堵の笑顔がこぼれた。
おわり
このお話は2021年10月08日(金)にパン屋のグロワールのブログに投稿された物です。
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